今回の作品は「生ける死仮面」という、金田一シリーズの中ではきわめて「グロ寄り」なお話です。「グロ」が苦手な方には全くオススメしない作品です。「探偵小説」というより「猟奇小説」と表現したほうがいいかもしれません。「ええ~、気持ち悪い!」と感じる方は、
上の画像のポピーの花でも眺めていてください(仮面が強烈ですけど)。

舞台は昭和2x年、東京杉並区内にある彫刻家のアトリエから物語は始まります。アトリエの主・古川小六は、界隈では有名な「男色家」です。美少年を自宅に連れこんで、いかがわしい行為を繰り返していました。そんな古川が所有するアトリエから異臭が漂い始めたのです。さらに、ある日アトリエの中から男の泣き声が聞こえてきました。

「生ける死仮面」という題名、不思議な言葉だと思いませんか?「死仮面」なのに「生きている」とはいったいどういうことでしょう?「生きている状態で、顔だけを奪われた」のでしょうか?それとも、「死仮面(デスマスク)が生きている」のでしょうか?どちらにしても不気味なことに変わりありませんよね。この題名をときどき思い出しながら作品を読みすすめてください。

ネタバレぎりぎりの情報ですが、この物語のカギは「警察の思いこみ」にあります。真犯人の思惑に、警察はまんまと騙されるのです。捜査のプロである警察官たちが、そろいもそろって真実を見抜けないのです。強烈な“目くらまし”を喰らったといってもいいでしょう。これで、この殺人事件がいかに凄惨なものであったかが想像していただけるかと思います。

あらすじ


彫刻家・古川小六のアトリエから、1人の若い男性の腐乱死体が発見された。警察が現場に踏み込んだとき、古川は死体の横で泣きながら仮面(デスマスク)を作っていた。男色家として知られている古川が、死んだ男の面影を残そうと死体を模って「デスマスク」を作っていたものと思われた。そのデスマスクは、石膏の土台に絵の具で彩色が施され、グロテスク極まりないものであった。

死体の顔は腐乱が進んで、顔の判別が出来なかった。とある事情で提出されていた一人の少年の顔写真と、古川から押収したデスマスクが瓜二つだったことで、発見された死体は家出少年・緒方辰雄のものと判明した。辰雄は、古川の家に居候して「異様な生活」をともにしていたと思われた。古川には、大地主の分家にあたる家から嫁いできた妻・光子がいたが、夫の行動に嫌気を覚えて家から飛び出していた。

辰雄は薬物に手を染めており、すっかりヒロポン中毒になっていた。生来身体が丈夫でなかったことも手伝って、辰雄の死因は「衰弱死」であると断定されかけた。その時、辰雄の「生みの母」を名乗る女性・本橋加代が現れた。加代は、辰雄が病気がちだったとはいえ家出してからわずか4日で「衰弱死」したことに対する疑問を感じ、警察を訪ねてきたのである。

辰雄には、養子縁組をした「育ての親」がいた。この度の家出に、捜索願いを出したのは辰雄の「育ての親夫婦」であった。育ての父・緒方欣五郎とその妻やす子は、複雑な事情があって辰雄を養子として育ててきた。欣五郎夫婦たちも、大地主・緒方重兵衛に夫婦養子として迎え入れられた存在であった。重兵衛が生きていた頃、欣五郎たちとの関係は良好なものではなかった。

生前に重兵衛が作成した遺言状は、欣五郎夫婦にとっては屈辱的なものであった。「自分の死後、財産はすべて独立した辰雄に譲る」と書かれていた。つまり、独立しないまま辰雄が死んでしまえば、財産は辰雄の保護者である欣五郎夫婦のものになる。生みの母である加代は「遺産を目的とした欣五郎夫婦によって辰雄は殺されたのではないか」と主張した。

やがて加代の主張は、古川の元妻・光子にまで及ぶ。夫の素行に苦しめられた悲劇の人妻だと思われていた光子であったが、実は決して「身持ちのよい女性」ではなく、あろうことか夫の愛人・辰雄と恋愛関係にあったというのである。一つ屋根の下で、男色家の夫と、性に奔放な妻、そして男妾役の美少年・辰雄の異様な三角関係が繰り広げられていたのである。

次に飛び出す証言を聞いた途端、等々力警部の顔に焦燥の色が現れはじめる。「あの子(辰雄)は3年前に盲腸の手術をしたことがございます。」それは生みの母が知る、愛しい息子の特徴であった。等々力警部の焦りの理由とは、提出された死体検案書に盲腸の痕跡に関する記載がなかったのである。「死体は辰雄のものではない」これまでの捜査結果が完全にひっくり返ったのであった。

古川が手にしていたデスマスクと、古川の目の前の死体が同一人物のものと完全に思い込んだ警察の完全な「失態」であった。では、この遺体は誰なのか。また、辰雄が生きているとしたら、今彼はどこにいるのか。捜査が混迷を極め始めたとき、別の場所から男の腐乱した「首」が発見されたという新たな報告が届いた。育ての両親・欣五郎夫婦と古川の妻・光子の証言に、またしても警察は翻弄されるのであった。

1人を除いて、みんなウソつきです!


誰がウソをついているかは置いといて・・・。登場人物はそれほど多くないものの、どの人物も疑わしく感じられます。「こいつは怪しい」「こいつは怪しくない」と考えながら読み解くのが探偵小説ですが、その「ウソ」を信じこませるのが、横溝正史の筆のスゴさです。

数々の証言の間に生じたバイアスを修正しながら読んでいくのですが、そこに新たなバイアスが生じます。もう、誰を信じていいのかわかりません。それは、登場人物それぞれが「被害者の立場でもある」からです。被害者意識をもって主張されたら「さもありなん」と思ってしまうのが人間です。

注目株は、古川の元妻・光子

物語の後半に、古川小六の元妻・光子本人が登場します。古川の異様な性質に嫌気がさして家を飛び出したとされていた光子です。とにかく、「変な女」です。上目づかい、きゃぴきゃぴした口調、くねくねとした「しな」。挙句の果てには金田一に流し目・・・。金田一の顔をみて頬を赤らめる光子を金田一は「妙な女だ」と、短いひと言で表現しています。最後まで読むと分かりますが、光子の正体は単なる「変な女」ではないのです。

物語の途中で「善意の第三者」のように登場する光子ですが、この女なくして物語は成り立ちません。その真実の姿は、最後の最後までわからないと思います。くねくねしているわりに、光子の発言は説得力があるのです。

物語に潜む「辰雄のヒミツ」

ヒミツって、いろいろな形があると思います。「自分自ら作り出したヒミツ」もあれば、「事実を伏せるため」のヒミツもあります。探偵小説では、ヒミツを持った人物が必ずと言っていいほど登場しますよね。今回の作品でヒミツを持っているのは・・・美少年・辰雄くんです。その「ヒミツの度合い」と言ったら、そんじょそこらのヒミツではありません。辰雄も望むべくしてその「ヒミツ」を持っていたのかは・・・謎です。

悪い大人たちは、その「辰雄のヒミツ」をうまく利用しようとしました。その利用の仕方は凶悪です。男色家の古川小市は、本当に辰雄を愛していたのか?せめて、どこかに真実の愛というものがあれば救われるのですが・・・。そのような意味では、とても悲しい作品だといえるでしょう。

上田秋成の「青頭巾」という怪談話をご存知ですか?

今回の「生ける死仮面」と似たようなお話があります。横溝正史も触れていますが、上田秋成が書いた「雨月物語」の中にある短編「青頭巾」という怪談です。僧侶が、自分が寵愛していた稚児の死体をいつまでも愛し、挙句の果てには死体を食べてしまう・・・というちょっとグロなお話です。

「生ける死仮面」では、辰雄という美少年と、彫刻家・古川小市の恋愛事情が登場しました。
舞台は東京ですが、横溝作品の中では「とても東京らしい作品」だと思います。これが田舎の岡山県のお話なら、また別のストーリーが展開したのではないでしょうか。例えば、古川家は先祖代々美少年しか愛せない一族だったとか、反対に辰雄の家が代々男娼を生業にした一族だったとか・・・。なにかしら「家」が深く絡んできそうですよね。

そうそう、私がこの「雨月物語」を初めて読んだのは、青春真っ盛りの17歳の夏でした。この時、同じクラスの優等生男子に片思いをしていた私は、「知的女子」を演出しようと試みて図書室で本を借りました。それがこの「雨月物語」でした。「雨月」って響きがロマンチックに感じられたから借りたのに・・・。単なる「怪談女子」になってしまいました。

まとめ


横溝正史は過去に書いた短編作品に加筆し、長編化させていた時代がありました。私としては、この「生ける死仮面」こそ、長編化して欲しかった作品です。短編であるからこそ面白さが際立つのかもしれませんが、「夜の黒豹」(「青トカゲ」という作品に、新たに物語を書き加えた作品)のようにリニューアルされてもおかしくない物語だと思います。

辰雄の実父である緒方重兵衛が、どうして加代を選んだのか。緒方家の分家の1人娘でありながら、彫刻家に嫁いだ光子の生い立ちや、成長過程などを描いても面白そうです!養子夫妻の間に愛はあったのか?辰雄が本当に求めていたのは、男の愛か、それとも女の愛か・・・。誰か、続きを考えて物語を作ってください。


『首』(『生ける死仮面』収録)