昭和30年代、推理小説ブームは安定期を迎え、同時に海外推理小説も流入し日本の推理小説は「てこ入れ」が必要とされる時期を迎えました。この作品は昭和32年に、「てこ入れ」の目玉作品として登場しました。横溝正史の小説家人生ではまさに円熟期、珠玉の作品です。

「獄門島」や「本陣殺人事件」、「犬神家の一族」を思わせる田舎を主体とした舞台設定、事件にまつわる人々の複雑な心理などの描写にぐいぐいと引き込まれます。横溝正史ファンなら、絶対に読むべき大作です。

この作品のみどころ

本来なら、先に発表された作品である「獄門島」や「本陣殺人事件」などのお話をさせていただいたほうがいいのかもしれません。しかし、読みきったあとの(私の)爽快感をお伝えしたく、今回この作品の魅力を先にお話させていただきます!

この作品の見どころは、「見立て殺人」にあります。この「見立て殺人」とは、“何か”になぞらえて人を殺すことを言います。その“何か”さえ見出すことが出来れば、事件解決の糸口となります。

しかしその“何か”は、簡単に見出すことができないのが「見立て殺人」の面白いところです。ちなみに、「犬神家の一族」「獄門島」でもこの「見立て殺人」の手法が用いられています。そこに、「田舎」「因縁」「血縁」「勢力争い」といった横溝正史ならではの要素もふんだんに盛りこまれています。

7年ぶりの「THE・横溝正史!」作品


いわばこの作品は、「ザ・横溝正史!」なのです。冒頭でも触れたようにこの作品が生み出されたのが昭和32年。「本陣殺人事件」の発表は昭和21年、「犬神家の一族」は昭和25年に誕生していることを踏まえますと、7年ぶりに登場したファン待望の「ザ・横溝正史!」作品なのです。

どんな一大旋風も、やがては落ち着くときを迎えます。この「探偵小説ブームの落ち着き」を寂しく思っていた横溝ファンに、この作品はどれだけの喜びをもたらしたことでしょう!

先日最終回を迎えた日曜日のドラマ「A LIFE」で、ちょっと下火になっていたはずのキムタクがやっぱりかっこよくて、若かりし頃の自分の青春を取り戻した・・・この感覚に似てやしないでしょうか。

あらすじ

兵庫県と岡山県の県境に位置する、鬼首村(おにこべむら)を訪れた金田一耕助。連続して発生した事件の疲れを癒すべく、旧知の中である岡山県警・磯川警部の紹介によって湯治場「亀の湯」に宿を取ることになった。

亀の湯で、磯川警部と久しぶりに酒を酌み交わすうちに、20年前にこの亀の湯で起きた殺人事件に話が及ぶ。二十年前磯川警部はこの殺人事件を担当していたが、容疑者が逃亡したまま迷宮入りとなっていた。

二十年前、この鬼首村は不況のどん底にあえいでいた。村の収益のほとんどは農業であったが、これだけでは十分な暮らしが出来ないために、農業のほかに仕事を増やさなければ日々の生活はなりたたなかった。

そのような頃、恩田幾三(おんだ・いくぞう)という男が、副業となる仕事を村民に与えるべく鬼首村を訪れる。村民はこぞってその仕事を引き受けるものの、恩田は急に行方不明になる。湯治場「亀の湯」の主人、青池源治郎を殺害して・・・。

源治郎は、恩田を詐欺師だと見込んで正体を暴くために恩田の家を訪ね、殺害された。
おりしも時は満州事変の最中にあり、殺人容疑者である恩田の行方がつかめないまま、20年の歳月が経ってしまったことを、磯川警部は苦々しく思っている。

湯治場生活をしているうちに、金田一は世捨て人同然の老人・多田羅法庵と知り合い、彼の自宅を訪ねることになる。法庵はこれまで何度も妻を変え、先年8番目の妻がとうとう法庵に愛想を尽かし逃げていかれたばかりであった。

やもめ暮らしの法庵から、金田一は手紙の代筆を依頼される。あて先はかつて5番目の妻であった“おりん”という神戸に住む女である。そのおりんは、「よりを戻して老後一緒に生活しよう」と、神戸から法庵に手紙を送ってきていた。それに同意する返事の代筆を金田一に依頼したのである。

それから数日後、金田一は1人の老婆から声をかけられる。女は金田一にこのようにつぶやいた。「おりんでござりやす。お庄屋さん(法庵)のところへもどってまいりました・・・。」
自分が代筆した復縁の手紙が届き、法庵のかつての妻・おりんがとうとう戻ってきたのだ・・・と金田一耕助は温かな気持ちを覚えた。

ところが、金田一は人づてに「おりんはこの春、他界している」と聞かされる。おりんの葬式に出席したという人物から、死亡通知の手紙が法庵に送られているはずだと聞かされた金田一耕助は、おりんから届いた「復縁を求める手紙」をもう一度確認すべく、急ぎ法庵の家を訪れる。

そこに法庵の姿はなく、“おりん”と思われる女性と交わしたささやかな宴の形跡と、点々と残った血痕だけが残されていた。

金田一耕助シリーズ・お決まりの展開


またしても金田一耕助氏、湯治に訪れた岡山県で事件に巻き込まれます。岡山県に湯治に行くのは、今回も「岡山県の人が好きだから」という理由ですが、そろそろ「こんな岡山県はもうイヤだ」と思い始めてもいい頃なのでは・・・。

でも、今回は戦友でもある磯川警部のたっての頼み(というか金田一が興味を示してしまい引き受けざるをえなくなった)でもあります。この点、ちょっとヒネリが入っていますよね。
これまでは、「温泉にきたら“突然”殺人事件に巻き込まれる!」パターンでしたから・・・。
今回は、金田一自ら火に飛び込んでいったようなものです。

ここに書いてあるあらすじは、物語のほぼ「冒頭部分」です。冒頭部分でいきなり法庵さんの行方が分からなくなってしまいました。実はこの法庵さん、女をとっかえひっかけしている放蕩親父ですが、物語の軸となる主要人物です。

善人ではありませんが、反対に極悪人でもない。そんな法庵さんの言動ひとつひとつが金田一を混乱させ、翻弄します。

存分に楽しめます!「狭い村の痴情のもつれ」

この後になると、「亀の湯」の女主人である青池リカや、その子どもたち、そして彼らの仲間である若者たちが登場します。狭い村落に男と女が揃えば・・・あとはお察しの通り、横溝正史ワールドがあなたを待っています。

いわゆる村民たちの痴情のモツレに、行方不明となっている殺人容疑者・恩田幾三のエピソードがたびたび絡みます。恩田は、今で言うところの「都会から来たイケメン」だったので、そこから想像すればこの作品の進み方がご想像頂けると思います。

金田一シリーズでは「複数の男が1人の美女を奪い合う」というのがテッパンですが、この作品では1人の男が複数の女性たちの人生を狂わせます。不思議なことに、私の身の回りにはこのような「奪い合われる美女」も「複数女性を翻弄する男子」もいません。

もし存在していたら「あんた、そのうち殺されるよ!」なんて、横溝正史愛読者の私は短絡的な忠告をしてしまいそうです。

「金田一シリーズ」はこうでなくっちゃ!


仕掛けを使ったトリック殺人というよりも、メッセージを含んだ「見立て殺人」がベースの作品ですから、「何に見立てたか」が見どころになります。「獄門島」が俳句になぞらえて連続殺人が行われたように、この作品では「手毬唄」の歌詞の内容がそれにあたります。

これは作品名でも明かされていますので、「そのつもり」で読んでいっていただいてもネタバレにはなりません。村民たちはその手毬唄を「古すぎて詳しいことは知らない」という設定なので、それでは誰がどのようにして手毬唄になぞらえることが出来たのか・・・がポイントであり、ヒントになります。

誰かが、なんらかの強い意思を持って手毬唄を調べていなければ、見立て殺人を行うことはできません。その「誰か」がすでにこの世にいない人だったら・・・では、誰が殺せるのか?次から次へと起る殺人事件に、ワクワク?させられてしまう究極の逸品です!

最後の殺人事件には、悲しい背景があります。

ラストは意外な結末を迎えます。青池リカの娘・里子は美しい顔立ちをした娘でありながら体には惨いほどの特徴があり、いつも着物やストールで肌を隠しています。その里子が、ある時点から顔を隠さなくなります。

それまで絶対に人前で肌をみせることをしなかった思春期の里子が、自分の醜さを人前にさらす、その悲しすぎる“決心”を金田一耕助が優しい目で暴きます。里子の行動には、大切な人へのメッセージが込められているのです。

弱くて、引っ込み思案だった里子にそこまでの行動をさせた人物、その人がこの物語の真犯人です。痴情のモツレうんぬん・・・がメインの物語だったはずなのに、この展開にはとても清らかな気持ちにさせられました。

まとめ


一度読了していた「悪魔の手毬唄」ですが、数年ぶりに再読してみました。読み出したら止まらず1日かけて読み終えました。スピード感のある文章の運びから、横溝正史自身も物語りを書いていて相当楽しかったのではないかと想像できます。

金田一耕助シリーズは、登場人物たちも作品と並行して年をとっていきます。今回は20年前に起きた未解決殺人事件の再捜査という設定です。最初の捜査を担当した磯川警部の、くすぶり続けた20年間のしがらみが随所に感じられます。

登場人物たちの20年前、いわゆる「若かった頃」は、冒頭で触れたような「探偵小説大ブーム時代」と重ね合わせることができます。何をやっても楽しかった時代から、しがらみを背負う時代への変化を、この作品は匂わせているように思います。

そういうことをここに書いている私自身も、年をとったなあ・・・と自分の20年前を思い起こし、シンミリしているのでした。


悪魔の手毬唄 (角川文庫)
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