今回は、金田一耕助シリーズ全77作品中・73番目にあたる作品「夜の黒豹」をご紹介します。この作品をひと言で説明すると「倒錯したエロを書きまくった作品」となります。「エロ」にも種類がありますが、具体的に説明するのは少し厄介です。なぜなら、「エロが倒錯したからこそ起きた事件」なので、倒錯ぶりを詳しく話せばネタバレするから・・・です。

それくらい、この物語は「倒錯したエロ」の要素が多いということです。エロばっかり言っていても始まりません。エロが嫌いな人には受け付けられない作品かもしれません。横溝正史ワールドも、ここまで来たかという感じです。涙あり笑いあり、のようにアレがあればソレもある、全てのエロの要素を盛り込んだ作品と言えるかもしれません。

真面目にいきましょう。この作品は、過去に発表されていた短編小説「青蜥蜴(あおとかげ)」をデフォルメしたものです。「青蜥蜴」が物語の前半部分にモチーフとして使われ、そこに新たに後半部分が書き加えられて「夜の黒豹」の一冊として完成しました。

「夜の黒豹」の作中における「青蜥蜴」は、犯人が被害者の体に残す「紋章」のことです。「青蜥蜴」でも同じ「紋章」の働きをする「青いトカゲ」ですが、その怪しい雰囲気や隠された深い意味を残したまま、しっかりと新しい作品に絡みつきます。

■ 目次

この作品の見どころ


犯人がえげつない人物です。なぜ「悪魔の申し子」という題名にしなかったのかというほど、「悪」です。それも単なる「悪」じゃなく・・・エロすぎる「悪」です。さて、みなさんはここまでの情報でどんな人を思い浮かべましたか?真犯人は、みなさんが思い浮かべたような人物像ではありません。

そう、探偵小説に求められる「大どんでん返し」と「意外な犯人」、この2つの要素が含まれた実に「面白い」作品なのです!犯人は警察や金田一から「黒豹」と呼ばれます。「蜥蜴」の刻印を残していくのに「黒豹」と呼ばれるゆえんは、犯人が着用して「ヌラヌラと光る黒尽くめの服」の特徴から来ています。(ベロア素材とかでしょうか?)

以前にご紹介した「吸血蛾」も、犯人は「狼男」と呼ばれているのに題名が「蛾」でした。今回もまた犯人は「蜥蜴」ではなく「豹」なのです。(ちなみに、「青蜥蜴」の作中では豹ではなく「貂(てん)」と表現されています)「青蜥蜴」は、先に書いたように「紋章」として使われます
犯人が被害者の体に残す紋章は、他のデザインでは意味がなく、絶対に「青蜥蜴」でなければなりませんでした。黒いトカゲでも、青いヘビでもダメなのです。これこそがこの作品の大きな見どころです。

登場人物の人間相関でも、岡山時代の作品に負けないほどの「因縁」が楽しめます。横溝正史の作品では主人公の家族構成に「義理の親」「伯母(叔母)」「伯父(叔父)」がよく使われています。生みの両親が揃っている方が圧倒的に少ないです。今回もやはり、「義理の父」「異母兄弟」といった関係が用いられています。

あらすじ


「ホテル女王」でベルボーイとして働く山田三吉は、1つの部屋から水が流れる音がしていることに気がついた。三吉がその部屋に訪れてみると、ドアにはキーが差し込まれたままで完全に閉じられておらず、声をかけようか悩んでいるうちにドアのすき間から水が流れ出し、やがて部屋の中から人のうめくような声が聞こえてきた。

明らかに異常が起きている!部屋に飛び込んだ三吉がそこで目にしたものは、ベッドの柱に両手を縛りつけられている裸の女であった。それは単なる裸の女の姿ではなく、胸に青いインキでトカゲの絵が描かれているという、異様な姿であった。女を解放すべく縛られた手を解いてやった三吉に、女は口止め料まで渡しこの出来事を口外しないよう三吉に懇願する。三吉は不審に思いながらも金は受け取らず、このまま女を見逃してやることにした。

帰宅の準備が出来たのか、女はチェックアウトのために三吉のいるフロントを訪れる。そこにパートナーの男の姿はなく、女1人は1人で帰っていった。訪れたときに見たパートナー男の姿は、ヌラヌラと光る素材で出来た服を全身にまとった、まるで黒豹のような姿であったことを三吉は記憶していた。

この出来事から一週間経った頃、「ホテル女王」から程近くにある「ホテル竜宮」に、かの「黒豹のような男」とコールガールの女がチェックインした。やはりここでも、ベルボーイが半開きのドアと流れる水の音に気づき、異常を発見するという「ホテル女王」と同じ出来事が起きた。「ホテル竜宮」のベルボーイが目にしたのは、胸の谷間に青いトカゲが描かれている女であったが、彼が発見した女はすでに事切れた遺体の状態であった。

警察の調べが進み、「ホテル竜宮」で殺害されたコールガールの女は、絶命してから男から陵辱されていたことが判明する。女の胸に青いトカゲの紋章を残し、死んでから陵辱するという「変質者」が起こした猟奇的な事件として、新聞紙上を賑わせ始めた。

2つの事件の真相が分からないまま、ついに3人目の犠牲者が出る。犠牲者は星島由紀というまだ15歳の女子高生であった。その無残な遺体は「和風旅館」で発見され、由紀の裸の体にも「青蜥蜴」の紋章が刻まれていた。男と2人で旅館に入るといういかがわしい行動から、15歳の少女の早熟な性質が露呈すると同時に、由紀を取り巻く複雑な家庭環境も明らかにされていく。

短編小説「青蜥蜴」を読んでみました。


お恥ずかしい話ですが、私、「全巻読破」と堂々と名乗りながら「青蜥蜴」を読んでいませんでした。「夜の黒豹」を読んだら「青蜥蜴」も読んだことになるじゃないか、という考え方もありますが、私としては、やはり「青蜥蜴」の“終わり方”が気になって仕方なかったのです。

「金田一の新冒険」(平成8年発行・出版芸術社)の1冊に、長編化される以前の短編7作品がまとめられています。「夜の黒豹」は「青蜥蜴」の約10倍のボリュームがあるというだけあって、先に「夜の黒豹」を読んでから「青蜥蜴」を読むと、第3の殺人事件の内容がかなり「簡素」に感じられました。ちょっとあっさり終わりすぎというか、こじつけ気味というか・・・黒豹を読んだからこそ感じられる温度差でした。

私が気になった“終わり方”に関してですが、「青蜥蜴」の簡素さ、物足りなさが「夜の黒豹」でさらに読者を満足させるものに変わっていました。ちなみに、双方どちらから先に読んでも同じくらい楽しむことができます!これは「青蜥蜴」の第3の殺人事件の設定が、短くも読者の興味を強く引くものであるからこそです。

「夜の黒豹」の“前半”と“後半”

「青蜥蜴」の第3の殺人事件に新たな展開を加えて完成した「夜の黒豹」。殺害された女子高生・由紀は、「夜の黒豹」で初めて登場する「後半部分」の主要人物です。後半は由紀の人生を中心にストーリーは進みます。

後半部分の主人公ともいえる由紀が、前半部分に登場している(前半部分は由紀そのものの姿ではありません)ことは、後半部分を読まなければ全く分かりません。短編小説「青蜥蜴」が「夜の黒豹」の登場によって、全く違う「青蜥蜴」になり、2つの作品に思考を巡らせる「パラレルワールド」のような感覚になるのではないでしょうか。

横溝正史の休業期間

横溝正史には、今回のような「短編小説を長編化させた時代」がありました。その時代に、横溝は10年間の休業期間を設けています。これを「ネタ切れ」「気力不足」と評されることもあったようですが、それまでに70を超えるシリーズ作品を生み出してきたのですから「ネタ切れ」になっても致し方ない気もします。それだけ横溝正史は新作を期待される、飽きられることがない小説家だったということですね!

昭和40年から10年間の休業期間の後、原稿用紙8000枚という大作「仮面舞踏会」や「迷路荘の惨劇」、「病院坂の首縊りの家」、そしてシリーズ最終作品である「悪霊島」を生み出します。これらはどれも「大作」と呼ぶに相応しい作品です(そしてその頃、横溝再ブームが到来します)。私としては、この10年の空白を「休業期間」と言わず、「充電期間」と表現して欲しいです。

まとめ


ご紹介したあらすじは、ほぼ前半部分です。つまり短編小説「青蜥蜴」の部分です。「青蜥蜴」という言葉を、後半部分にいかに繋げたかがこの作品のもう1つの見どころです。「夜の黒豹」は「加筆修正した作品」とか「長編化するしかなかった時代の作品」と聞いて読むよりも、「スピンオフ作品」として読むほうが面白い読み方だと思います。

現代の「スピンオフ作品」に「踊る大走査線」からのスピンオフ「交渉人 真下正義」があります。登場人物の1人だった真下をメインにして描いた作品ですよね。「夜の黒豹」では星島由紀がそれに当たります。「青蜥蜴」では姿を見せていなかった由紀が、どうしてスピンオフされる存在になるのか・・・それは読んでからのお楽しみ!です。


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