今回は、横溝正史の“悪魔シリーズ”の中の1つ「悪魔の降誕祭」をご紹介いたします。降誕祭とは「クリスマス」を意味しています。現代風な作品名にアレンジするならば「悪魔のメリークリスマス」といった感じでしょうか。(かなりポップな雰囲気になっちゃいました。)
横溝作品には「降誕祭」のほうが(おどろおどろしい感じがして)しっくりきますね。

さて、題名に「悪魔」と名が付いているのですから・・・ハッピーなクリスマスにもかかわらず、キリストもびっくりするほどの邪悪なサタンが登場します。「悪魔シリーズ」に登場する悪魔は「本当に悪い奴」が多いのですが、今回は金田一に「同情の余地がない鬼畜!!」とまで言わしめた逸材です。

「悪魔」が示す犯人像

最後の最後で、名探偵・金田一耕助の手によって「悪魔」の正体が“暴かれ”ます。今回の暴かれ方は、まるで「暴き方のお手本」のようでした。金田一シリーズでは、すべての事件が片付いてから犯人が暴かれるケースが多いのですが、今回は「ギリギリまで犯人を泳がせておき、犯人が本当の目的を果たそうとした瞬間にひっ捕らえる!」という小気味良さがあります!

なにより、捕らえられた犯人はみなさんの期待を裏切らない、かなり「醜悪」な人物です。その醜悪さを、横溝は「人間の皮をかぶっていた化け物の、その皮がべろっとひと皮むけて、世にも醜怪な正体がむきだしになった感じ」と描き表しています。横溝正史が「悪魔」という言葉を使うときは、それに値するだけの強烈な人物が必ず登場するのです。

「覗き見」なくして、ストーリーが進まない

以前、「家政婦は見た」というTVドラマがありました。家政婦が、雇われ先でスキャンダルを「覗き見」し、その事実を一同に突きつける・・・というドラマです。フスマの陰から顔を覗かせ、「あらやだ」と言うシーンが有名でしたよね。今回の作品は、このような「覗き見」という行動をもってして物語が進むといっても過言ではありません。

「覗き見」を最初から企んだ人もいれば、「おや?」と思って覗き見をした人もいます。特に「おや?」と勘ぐった人たち(※1人ではない)の行動がなければ、「犯人の思うツボ」にハマるはずだったのです。考え方によっては、人々の好奇心さえ煽らなければ、犯人は完全犯罪が遂行できたのかもしれません。

あらすじ


年の瀬が押し迫る12月。金田一耕助の営む探偵事務所に、小山順子と名乗る女性から一本の電話がかかってきた。その内容は「殺人事件が起る気がして、怖い」という要領を得ないものであった。これから出かける予定が入っている金田一は、夜の9時に緑ヶ丘の自分の事務所へ来るよう指示をして電話を切った。

金田一は、まだ起ってもいない殺人事件に怯える小山を「被害妄想狂(ノイローゼ)だろう」と考え、先に入っている要件を優先させることにしたのである。事務所の管理人に、小山順子と名乗る客が来たら事務所に通すよう託け、金田一は出かけていった。

外出先から9時きっかりに帰宅した金田一は、部屋の灯りが点いていることで小山順子が予定通り来訪していることを知る。すぐに対応できなかったことを平謝りしながらドアを開けるが、そこに順子の姿はない。順子を探しに部屋を出てみると、事務所の外に設置された洗面所から灯りがもれていた。

洗面所のドアの外から何度か小山の名前を何度か呼んでみたが、返事が返ってこない。怪しさを感じた金田一がドアを開けて目にしたのは、床に突っ伏して倒れている小山順子と思われる女性の死体であった。順子は絶命する寸前に水を飲もうとしたのか、遺体の側にはコップが1つころがっていた。

死体検案によると、小山の死因は「青酸カリ」による毒殺と判明した。ハンドバッグの中から発見された名刺から、小山の本名は志賀葉子という「関口たまき」というジャズシンガーのマネージャーであることが判明した。死体となった葉子の顔は、恐ろしいものでも見たかのような恐怖に怯えた表情をしていた。

やがて、警察から連絡を受けた関口たまきが金田一の事務所に到着する。たまきは、20歳ほど年上の夫・徹也を伴っていた。徹也が事件について説明を受ける中、志賀(小山)が金田一に宛てて書いた一通の封筒が発見される。中には、たまきと男性ピアニスト・道明寺修二の写真が掲載された新聞の切り抜きが同封されていた。それを見たたまきの不審な態度を見咎めた徹也は、たまきに疑惑の目を向け始める。

葉子殺害の犯人が捕まらないまま、世間はクリスマスの日を迎えた。たまきは、西荻窪に建てた新居に芸能関係者を招いて、クリスマスパーティを開いていた。パーティーの最中、どこかの部屋から男の叫び声が聞こえた。パーティーの参加者たちが声のした場所に駆けつけると・・・たまきの部屋に続く廊下で、徹也が背中に刃物を付き立てられて絶命していた。

その時、たまきの部屋にいたのは、たまき自身とピアニストの道明寺修二であった。叫び声は、徹也の死体を発見した修二の声であった。現場の状況からすると、徹也はたまきの部屋を覗き見しているときに、背後から狙われたものと見られた。

なぜ、パーティーの最中にたまきと修二が同じ部屋にいたのか?部屋の陰に身を潜めていたはずの徹也を、誰が背後から一突きすることができたのか?一筋縄では解明できないトリックに金田一耕助が迫る。

金田一、カンが外れる!


小山順子(志賀葉子)からの助けを求める電話に対して、金田一は「被害妄想狂(ノイローゼ)の人がかけてきた電話だ」と過少評価してしまいます。このとき金田一は等々力警部から持ちかけられた別の事件を優先してしまいました!等々力警部は「女性がわざわざ夜の9時に来訪する、というのだから絶対に“事件”が起きるはずだ!」と予感しています。後に、警部のこのカンが当ってしまいました・・・。

しかも、殺害された場所は金田一の住居兼・探偵事務所の中です。一番あって欲しくないパターンです。依頼人・志賀葉子から助けを求める電話を軽視してしまった結果がコレですから・・・。でも、こんな金田一の姿は他の作品では読むことはできません。とても貴重な作品なのです!

金田一耕助の「苦い」クリスマス

依頼人が自分の家で殺されたということで、金田一の気持ちは落ち着きません。金田一さん、宵からふらりと銀座の町へ出かけていきます。いきつけの小料理屋で食事をすませ、2、3軒のバーをハシゴし、おでん屋に行ったり、アイスクリームを食べたかと思えばビアホールでジョッキを呷ったりします。

このような行動から、金田一がいかにイライラして落ち着かないかお分かりかと思います。後悔と焦りの気持ちでいっぱいなのです。確かにあの時、葉子の話をもっと真剣に聞いて対処していれば・・・葉子は死なずに済んだのかもしれません。

葉子はどうやって死んだのか?

葉子は「青酸カリ」が仕込まれた鎮静剤を飲んで死にました。果たして、その青酸カリをどのようなタイミングで飲んだのか?が事件の鍵を握ります。青酸カリを糖衣錠に加工したとしても、糖衣が胃の中で溶解するのは2~3分です。つまり、葉子は何か「きっかけ」があって、“急きょ”金田一の事務所で「鎮静剤」を飲まざるをえなくなった、ということになります。

そのきっかけを起こしたのは他ならぬ犯人なのですが・・・探偵事務所までやってきて(間接的とは言え)殺人を遂行したのですから、相当な奴です!葉子に殺人計画を知られた犯人は口止めのために葉子を殺します。つまり、犯人は「葉子の身近な存在」であり「葉子の行動を熟知している人物」ということになります。

葉子はたまきのマネージャーとして働いているのですから、必然的に疑いの目は「たまき」に向けられることになります。人に事件をなすりつけ、自分は一切姿を現さない・・・すべてのトリックがわかると、犯人がいかに奸智に長けた人物かがわかります。

犯人は・・・「意外な人物」です!

たまきは、ジャズシンガーという華やかな世界に身をおきながらも、実際の性質は「昔かたぎの真面目な女性」です。夫・徹也の愛人でありながらも、徹也の元妻や娘・由紀子に対して、誠実に対応し続けました。そんなたまきですから、人から恨まれるどころか「愛される人物」と言えるかもしれません。夫・徹也も、妻子がありながら、たまきを深く愛し続けました。

では、たまきを落としいれようだなんて一体誰が考えたのでしょうか?最後の最後で、犯人が姿を現し、犯人がたまきへ抱く思いを金田一が厳しい目で分析します。途中、怪しげな人物が数人登場しますが、それぞれに対する描写の中から「誰が悪意を持っているのか」を見抜けるか、がこの作品の面白いところだと思います。

まとめ


今回は、薬を使った殺人事件が起きました。元は薬剤師だった横溝正史ですから、その知識を生かした「薬ネタ」がもう少しあっても良さそうなものです。毒を飲まされて殺害される作品が存在しないわけではないのですが、「薬の特性」を生かした今回の殺人スタイルは、極めて珍しいものなのです。

シリーズの中でもっとも多く使われる毒殺方法は、「毒入りチョコレート」だと思います。
「女王蜂」や「幽霊座」でも毒入りチョコレートが大活躍?しました。金田一耕助も、バレンタインに毒入りチョコレートをもらいます。もう、横溝正史が描くチョコレートには、必ず毒が入っている!と言い切ってしまってもいいでしょう。

今回の作品で死んだ人は3人です。そのうち1人(たまきの夫・徹也)だけが刺殺でした。徹也が刺されて死んだとき、ちょっとホッとしました。薬1個で殺人が完成したら、横溝作品としてはちょっと物足りない・・・。横溝正史には、「刃物」や「琴の線」とか、「釣鐘」とかのベタな小物類を使ってもらいたいです。