「この曲が弾けるのは作曲した私とハンス・フォン・ビューローだけなのだ!」――こうリストは自身の新曲について語りました。しかしそんな難曲を軽々と弾いた男が。その男こそ今回解説するカルメンの作曲者であるビゼーです。なんとビゼーはこのリストの新曲をほとんど耳コピ。楽譜を見て弾いたら更に演奏は完璧だったそうです。
あのリストに「私は間違っていた…」と言わせた大物ビゼー。彼が作った名曲カルメンは、友人であるエルネスト・ギローによって海外に広められ、今や誰もが聞いたことのある有名曲となりました。今回はビゼーのカルメンの魅力をお伝えします。
オペラ『カルメン』
『カルメン前奏曲』サンウディーバオーケストラ演奏
ジョルジュ・ビゼー
ビゼーはフランスの作曲家。有名な作曲家の中には両親が全く音楽をやらずに法律学校に入れられたり、肉屋にさせられそうになったりと一筋縄にはいかない音楽人生を歩んで来た作曲家も少なくありません。その点ではビゼーは音楽家のサラブレッド。父は声楽教師で母はピアニストでした。そんなビゼーは当たり前のように幼少期から音楽に親しんで育ちます。また記憶力が抜群に良かったとも言われています。
ビゼーは9歳でパリ音楽院に入学。パリ音楽院と言えば数多くの作曲家を輩出してきた音楽史の歴史的現場とも言える学校です。ビゼーはリストをびっくりさせるほどのピアノの才能がありましたが、作曲家になりたかったためにピアニストには見向きもしなかったとか。
それから作曲の勉強を続けること10年。ビゼーはカンタータ『クローヴィスとクロティルデ』でローマ大賞を受賞します。ローマ大賞とは芸術を専攻する学生に対してフランス国家が奨学金と共に与える賞のこと。ビゼーの他にはベルリオーズも受賞していますね。
25歳の時ビゼーはついにオペラ『真珠採り』でオペラ作曲家としての地位を確立します。こちらから聴くことが出来ますので興味のある人は聴いてみてください!
そしてビゼーが36歳の時に彼の代表作であるカルメンが完成します。カルメンの初演はあまり評判が良くなく失敗。それでもカルメンは一定の人たちに支持され、ビゼーにも新たな仕事が舞い込みますが初演から3ヶ月後過酷な運命が彼を襲うのです……
カルメンのストーリー
カルメンの初演後ビゼーに何が起こったのかは後々お話しするとして、まずはオペラカルメンのあらすじを解説しておきましょう。第1幕
タバコ工場で働くジプシーの女カルメン。カルメンは勤務先の工場で喧嘩騒ぎを起こしてしまい牢屋に入れられてしまいます。牢屋に入る際に護送を命じられたのがドン・ホセ。彼はカルメンに誘惑され彼女を牢屋から逃がしてしまいます。あとでバーで会いましょう、とドン・ホセに言い残しカルメンはその場を去るのですが…第2幕
すっかりカルメンに夢中になったドン・ホセは婚約者ミカエラの反対を押し切ってカルメンとの恋に邁進しようとしますが、ひょんなことから密輸をするジプシーの仕事を手伝うことになってしまいます。その頃カルメンの心は既にドン・ホセにはあらず。新たな闘牛士の恋人エスカミーリョと燃えるような恋を始めるのです。第3幕
どうしてもカルメンの心を取り戻したいドン・ホセ。そんな中婚約者のミカエラからドン・ホセの母の危篤を聞かされます。ドン・ホセはカルメンへの未練を持ちながらも、密輸グループを抜けるのですが…第4幕
一方新しい恋人エスカミーリョとの恋に夢中なカルメン。そんな二人が闘牛場でデートをしていると突然ドン・ホセが現れます。しつこく復縁を迫るドン・ホセと、全く相手にしないカルメン。「復縁しなければ殺すぞ!」――ドン・ホセが言います。「それならば殺すが良いわ!」――とカルメン。――!!そうしてカルメンはドン・ホセの手によって刺し殺されてしまうのです。冒頭で紹介したオペラ版のカルメンでは2:31:29~カルメン前奏曲が流れ2:31:54辺りでカルメンがドン・ホセに刺されてしまいます。
ビゼーの急死
さて、話を初演の3ヶ月後に戻しましょう。実はビゼーには慢性扁桃炎という持病がありました。それによりカルメンの初演後から体調を崩していたのです。そしてなんと初演の3ヶ月後、ビゼーは心臓発作を起こして帰らぬ人となってしまいます。不評と言われたカルメンの初演ですが、実は一定の人たちには支持されていて、初演後にはウィーンでの公演の話も出ていました。そんな中でビゼーの急死。ウィーン公演の話はもう終わりかと思われていました。
しかしそこで手を挙げたのがエルネスト・ギロー。彼はアメリカ生まれの作曲家でしたがフランスに移住をしており生前のビゼーと交流があったのです。
そうしてエルネスト・ギローはビゼーの後を引き継ぎ見事ウィーン公演にこぎつけました。
ビゼーのカルメンが世界中で広く知られるようになったのはこのウィーン公演がキッカケです。特にオペラの冒頭とクライマックスで演奏されるカルメン前奏曲は、クラッシックを知らない人でも聴いたことのある有名曲となりました。
演奏者の気持ちになってカルメン前奏曲を聞いてみよう
私はオーケストラ所属時代、このカルメンの前奏曲を演奏したことがあります。きっとあなたも聴いたことのある慣れ親しんだメロディーだと思います。まず意外に思われるかもしれませんが、個人的にこの曲の演奏で最も緊張を強いられるパートはシンバルとトライアングルだと思います。打楽器は出番は少ないものの一発当てないといけないプレッシャーがあります。
さらにこのカルメン前奏曲では冒頭からシンバルが重要なパートを担っていているのです。0:18,0:22,0:25などで「パン、パン」と2回シンバルが鳴っているのが聞こえるでしょうか?
またトライアングルも同様です。0:43から始まる第2のメロディーではトライアングルが「チリリ」と後ろで鳴っていますね。トライアングルなんて簡単!と思うかもしれませんが、的確なタイミングで同じ音量と音の長さでトライアングルを鳴らすのはとても難しいのです!
次は私が担当していたトランペット。実は私はこのカルメン前奏曲の演奏のために新たな練習法を追加しました。それは「ランニング」です。ランニング?トランペットと関係ないでしょ?と思いますよね。でも実は大きく関係しているのです!
1:14〜始まるテーマ。このテーマは金管楽器のマーチに支えられています。この金管楽器のマーチは、吹くのに非常に腹筋を使うのです!一定のリズムで息を出して止める、それの繰り返しです。音程を保つために腹筋を使って音を当て続けなければいけません。
そうして始まったのがランニング。とにかく体力と腹筋を付けよう!ということで毎日3キロのランニングをしていました。
最後に、このカルメンは演奏者にとっても弾いていて非常に楽しい曲です。メロディーもキャッチーでノリノリ。オケ全体で音楽を楽しめるような演奏者に優しい曲なのです。
その証拠に2:02では演奏者同士が微笑みあっていますよね!自分が出す音と周りの音が一つになって、綺麗な和音や流れるようなメロディーが創り出されると幸福度が一気に上がります。
気持ちが高揚して、その音の重なりの美しさに心が豊かになるのです。聴いている人もキャッチーで飽きずに聴くことができますし、演奏者も思い切り楽しめる。それがカルメン前奏曲です。