ヴァイオリンの世界で「シャコンヌ」といえばバッハかヴィターリというくらいよく知られた曲ですね。なかなか謎が多い曲でもあるので、まずはこの曲のバックグラウンドを見てみましょう。
■ 目次
ヴィターリのシャコンヌの背景を解説!
オリジナルはバロック
トマソ・アントニオ・ヴィターリ(Tomaso Antonio Vitali/1663-1745)
通称は「ヴィターリのシャコンヌ」ですが、正しくは「ヴァイオリンと通奏低音のためのシャコンヌ ト短調(Chaconne in G minor for violin and continuo)」といいます。ヴィターリはバロックの作曲家ですからこの曲はもともとバロック音楽なんですね。深くもの悲しく美しい曲です。
Museditaより楽譜がでています。(amazon.com)
T.A.Vitali: Ciaccona (vl and b.c.)(Ms, D-Dl) (I piaceri del violino)
https://www.amazon.com/dp/B002ZCHRIY/
ただ、実際この曲がヴィターリの作曲なのかどうか?はどうやら謎のようです。そういうわけで、「ヴィターリが作曲したとされているシャコンヌ」ともいわれています。
ロマン派時代に世に出る
フェルディナント・ダーヴィッド(Ferdinand David/1810-1873)
全く世に出ていなかったこの曲、1867年にフェルディナント・ダーヴィッドというドイツのヴァイオリニスト&作曲家が編曲し、教則本の中で紹介して世の中に知られるようになります。もちろん、偽作ではないかといわれています。
出どころからして謎ですからしかたないですね。
これをレオポルド・シャルリエ(Leopold Charlier/1867-1936)というフランスの音楽家が後にさらに編曲した「シャルリエ版」が現在最もよく知られよく弾かれる「ヴィターリのシャコンヌ」なんです。オリジナルのものと比べると、ヴァイオリンの様々なテクニックが駆使されていてロマン派らしく華やかです。
International Music Companyからピアノ譜ともに楽譜がでています。
Peters版も。
ロマン派の小品
謎の多いこの曲ですが、ヴァイオリニストは気にするか?オリジナルに忠実にあるべきか?といわれると、答えはNOです。シャルリエ版は本当に見事で、弾いて楽しく聴いてすばらしい曲なので“誰の作曲か?”なんて実際誰も気にしていません。ロマン派の小品というとらえ方が主流ですね。バロック演奏家はもちろんオリジナルと言われている楽譜を使います。この曲を“作曲家不明のロマン派の小品”ととらえると、解釈や演奏スタイルに自由さをもたせやすく、弾く人によって随分違ってきます。そういう意味でも、弾いて楽しく聴いて楽しい曲ですね。
シャコンヌの難易度
曲の難易度に数字をつけたりほかの曲と比較したりするのはとても難しいので、純粋に“技術面”から相対的に、ということで限定して説明してみますね。楽器と教則本をそろえてこれからヴァイオリン始めるぞ!という初心者の人、しばらくの間はいい演奏を聴いたり楽譜を眺めたりして期待を膨らませてください!はっきりした長期的目標を持つのは上達に役立ちますよ。
すでにKreutzerとŠevčík 何巻かと練習中の曲の調の3オクターブとアルペジオをする習慣ができていて、コンチェルトを1、2曲は弾いたことがある、という人はきっとトライできると思います。楽譜を用意してさらってみましょう。最後の高音のオクターブはいやらしいのでちょっとさらった程度では難しいものです。あきらめないでください。
まったくの初心者ではないものの、これを読んでもなんのことやら?という人は今やっていることを続けていってください。分かるようになれば近い将来の目標になりますよ。
どの曲も美しく弾くのは難しいものです。私の先生は、音階を美しく弾くのはとてつもなく難しくて人前では弾きたくない、と言っていました。
シャコンヌの名演
独断ですが私が名演と思うものをご紹介します。まずは名演中の名演、“神がかった”と形容されることが多いハイフェッツの演奏ですね。真似すると大変な目にあいますが、是非聴いて圧倒されてください。
CDはこちらから。
Vitali: Chaconne in G Minor ヤッシャ・ハイフェッツ
私が個人的に“しっくりくるな”と思うのはヘンリク・シェリングの演奏です。
サラ・チャンの演奏も揺さぶられますね。学生オケと共演した動画があります。
聴き比べてみるとこの曲がロマン派の小品であることがよくわかります。休符や楽譜にはない“間”のとり方、リタルダンドからテンポを戻すときの扱い方など、それぞれ違います。どの曲を弾くときも同じですが、自分が何をどのように表現したいか、がはっきりしていると弾きやすいです。自分の感性と音楽性にしっくりくる弾き方を見つけましょう。
シャコンヌの弾き方
情景を思い浮かべる
この曲はテーマとそのテーマに沿った変奏をさまざまに繰り返しながら11分ほど休止なく最後まで盛り上げる、という形の曲なので、物語性をもたせると弾きやすくなると思います。例えば、木の種が芽を出してどんどん大きくなっていってついに大木に成長する様子を思い浮かべられるかもしれません。はじめのテーマの部分(赤線で囲んだ部分)は地面に植えられた種です。大きな秘めたパワーをもった静かな種です。なので、はじめから“ターン、ターン、ターン、ターン、ターン”と一音一音切るように弓を大きく速く動かしてしまうと、小さな種が芽を出したいけどまだまだ土の中で春を待っている、という感じが出せません。
ここは少し我慢して抑え気味に、フレーズを意識して弓をゆっくりめに動かして閉じ込められたパワーが感じられるように弾いてみるといいかもしれません。
と書いたものの、ハイフェッツの演奏を聴くと、静かな種どころか初めからすでに大荒れの森のようです。でも、彼の演奏を最後まで聴くと大荒れの森がさらに大荒れになって嵐にもめげずにすべてを凌駕する、といった終わり方をするので、さすがはハイフェッツ、真似できませんね。途中で息切れしてしまわないパワーがある人は試してみてもいいかも。
ヴァリエーション
さて、テーマの次はヴァリエーションですね。基本的に、右手のいろいろなテクニックが駆使されているので右手練習用メソッド、としてそのまま使えます。練習になりながら曲として美しい、なんて理想的ですよね。その中から特に、リコシェ、リコシェ・サルタート、跳ばすスラースタッカート、を取り出してみましょう。下の楽譜の部分はいい例ですね。上記のヘンリク・シェリングの演奏では3:26からです。
大抵の人はたぶんこの曲を弾くずっと前に「ゴセックのガボット」を弾いたはずです。
「ゴセックのガボット」には移弦のある跳ばすスラースタッカートがでてきますから、きちんと練習した人にとってはあまり難しくないはずですが、シャコンヌの変奏部分ではテンポが上がりますから、速くできるように練習する必要があります。
リコシェ、リコシェ・サルタート、跳ばすスラースタッカートの練習方法
まずはスラーをそのままに、弓をきちんと使って(弓の毛が弦にパン!とあたるだけでなく、毛がちゃんと擦れるように弾いて)一音一音ゆっくり弾きます。弓の根元のほうを使って手首をちゃんと動かして弓をコントロールする感覚をつかみます。それから弓の真ん中あたりの跳ねやすい部分を使ってもう少し速く弾いてみます。指と手の力を少し抜き気味にリラックスしながらも、弓を勝手に跳ねさせるのではなく手首でコントロールする感じを保ってください。
テンポが速くなるといったん弦に落ちた弓はコントロールできなくなります。それで、ゆっくり弾くときに、弓のどこをどのくらいの力でどの距離でおろすか、に意識してコントロールできた音を目指すことで、テンポが上がってもいい音を保てるようになるんです。
そうやってゆっくり練習を十分にしたあとテンポを上げると、弓は勝手に跳ねるものなので、“弓をとばそう”と意識する必要はありません。
もし弓が勝手にパンパン跳ねてしまうようなら、使う弓の部分、使う量、力加減、おろす距離、のどれかを変えてみましょう。弓のバランスはそれぞれ違いますから、自分の弓が一番跳ねやすいところを探して上手にコントロールできるようになるまでゆっくり練習することです。
まとめに
この曲の出来の良しあしを決めるのは何といってもテーマの部分だと思います。一見単純な動きの中に深みがある意図を込めた音を潜ませられるようになるまでじっくり勉強して、あとは右手の練習もかねて楽しんでくださいね。この曲を仕上げるころには上達がぐんと見えるようになってうれしいものです。「ヴィターリのシャコンヌ」の無料楽譜
- free-scores.com(楽譜リンク)
本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1911年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたパブリックドメインの楽譜です。