最近テレビでは、芸能人や著名人の不倫・浮気問題が頻繁に取り沙汰されています。「浮気は男の甲斐性」とか「芸のためなら女も泣かす」とか言われていた時代もありましたが、今は業界追放されるほどの扱いを受ける時代になりました。

浮気の楽しい時間は、そう長くはありません。ふとした変化を、パートナーは敏感に感じ取ります。今回は、そのような「浮気を疑われた妻の“最後”」や「妻の浮気を疑う夫の姿」をベースにして描いた作品です。その名は「悪魔の百唇譜(ひゃくしんふ)」です。

「百唇譜」って何??

そもそも「百唇譜」が何なのかですが・・・ひと言で言えば「キスマークコレクション」です。「百」と名付けるくらいですから、キスマークの数は1つではありません。単なるキスマーク集なら、「唇フェチ」の仕業かもしれませんが、コレクションとともに記録されているものが「女性のあの時の声」なものですから・・・相当数の女性と「関係」していたということになります。

「あの時の声」だけならまだしも、個人情報が特定できるようなメモまで記されていたら・・・どうでしょう。浮気の覚えがある人は、戦々恐々ですよね。逢瀬の記念に残したキスマークがリスト化されていることを知ったとしたら、それもまた別の意味で「恐怖」です。ストーリーでは、警察はこの「百唇譜」を参考に被害者の身辺を探ります。

「悪魔の百唇譜」も中編化された作品です

「悪魔の百唇譜」は発表される以前、「百唇譜」という名前で短編小説として出版されていました。短編から中編へ書き増す、ということは「加筆修正する」ということです。以前にご紹介した「青とかげ」のように、全く異なるストーリーを追加したものもあれば、「死神の矢」のように「情緒豊かに」書き直した作品もあります。

この作品「悪魔の百唇譜」は(ネタバレになりますが)短編と長編では主要人物のキャラクターが違うだけでなく、最終的に逮捕された犯人が違うという、一味違った「加筆修正」が楽しめる作品に仕上がっています。

横溝正史は、トランプが好き?

今回のストーリーではトランプのカードが事件の鍵になりますが、「スペードの女王」「トランプ台上の首」でもおなじようにトランプが登場します。どの作品でも、実際のゲームと関係がなく、トランプはトリックの道具として使われます。誰かと誰かを入れ替えるための「マーク」にしたり、1人用のトランプゲームをしていた痕跡を残して「犯人は一人だ」と思い込ませることも出来ました。

ストーリーは、それぞれ男女1名の死体が発見されるところから始まります。両者の死体に、ハートのクイーンとハートのジャックのカードがそれぞれに添えられていました。これがこの2人は生前に交渉があったことを匂わせる・・・トランプは今回、そんな役割を果たします。

使われた2枚のトランプのカードには、2枚一気に刺し貫いたような穴が開いています。2人一緒にいるところを殺害したのか、それともトリックなのか。これが事件のカギになります。

あらすじ


東京世田谷区の路上。持ち主不明の自動車のトランクの中から、1人の女の死体が発見される。死体は左胸を刃物のようなもので切り裂かれており、胸にはトランプのハートのクイーンが添えられていた。

同じ日、世田谷区の路上で、別の自動車のトランクの中から今度は若い男の死体が発見される。その男の胸には、ハートのジャックが添えられていた。2枚のカードには、2枚一気に貫いたような刃物の穿孔痕が残っていた。

死体の女は李泰順という中国人の妻・本郷朱実と判明した。朱美は李にとっては3番目の妻で、2人の前妻たちは、李の異常に嫉妬ぶかい性格に嫌気を感じて李の元を去っていた。殺された朱美も、妻の浮気を疑った李によって殺害されたと、誰もが疑いの目を向けていた。

死体の男は、まだ17歳の高校生・園部隆治であった。弁護士の息子として育った園部少年は、その年に似合わず後ろ暗い過去を持っている。少年の人間関係を暴くうち、かつて“関係”があった流行歌手・都築克彦の存在が明るみになる。

都筑は自分が“関係”した女たちの唇紋をコレクションするのが趣味であった。都筑が“百唇譜”と名付けたコレクションの中から、朱美らしき女のイニシャルが発見される。やはり朱美は夫の目を盗んで他の男性と関係をもっていたのであった。

嫉妬深い夫と年若い妻の夫婦間のトラブルか、それとも若妻の浮気相手の仕業なのか。いずれにしても、どうして園部少年が朱美とともに殺害されなければならなかったのか。都筑の存在と2枚のトランプによって、事件は意外な方向へ展開する。

「金田一耕助」の“食卓事情”が登場します!


「女怪」では失恋し、「死神の矢」では泣いた金田一耕助ですが、時おりそのような「意外な姿」を私たちに見せてくれます。それはファンにとって、この上ない喜びですよね!

1人暮らしの金田一さん、きちんと自炊生活をしています。それも、結構オシャレなものを食しておられます。トーストにゆで卵、そこにホワイトアスパラなんか添えちゃったりして・・・。タバコを買うお金がないのにホワイトアスパラを買うってところ、金田一耕助らしくて私は大好きです。

金田一の食生活が登場するのは、今回の作品だけではありません。このような「生活の暴露」に対する評論の中には、「飽き始めていたファンの気持ちを繋ぎとめるため」としたものがあります。他では、戦後からすっかり立ちなおった日本の「現代」に近づけるために書かれた、という解説もあります。

現在でも、芸能人が自分の私生活を公開することがありますよね。プライベートの自分の姿をチラっと見せることで、ファンとの距離を埋める効果がありますが、横溝もこのような効果を期待したのでしょうか。仮にそうだとしたら、その試みは成功したと言えそうです。

金田一の暮らしぶりを観察するのも、また一興。

シリーズ初期の金田一は、知人の妾が営む割烹料理店に居候していたり、「蝙蝠と蛞蝓」にも登場した「小さなアパート」に住んでいたりしていました。シリーズが本格的になり舞台が東京に移ったことで、金田一は東京の「緑ヶ丘」というフラットで事務所兼・住居を構えます。

作品が進むごとに、住まいの描写がリアルになります。根強いファンの中には「金田一の家の間取り図」を作成した人までいるそうです。「サザエさん」で「磯野家の間取り図」など、磯野家を調べつくした本・「磯野家の謎」が出版されたように、金田一家(独りだけど)の謎を暴くような本が出ないかなー・・・と期待する私です。

まとめ


この作品は「現代」らしい表現が増えています。人物の身長がこれまでずっと「一尺何寸」と書かれていたのが「1メートル何センチ」になっていました。女性の身だしなみに関しても「爪を染める」から「マニキュア」に、口紅は「ルージュ」に変わっています。これも、ホワイトアスパラのように「現代を感じさせる試み」だと思います。

金田一の「あの服装」を最後まで変えなかったことは、結構勇気がいったことだと思います。シリーズ最終章の「悪霊島」の舞台は昭和42年、これは日本でマクドナルド1号店が登場した年です。この後、金田一はアメリカに行ってしまいますが、当時のアメリカ人にどのように受け入れられたのか・・・今では誰も知ることが出来ません。


悪魔の百唇譜 (角川文庫)
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