演技の中で一番難しい感情表現って、何だと思いますか?

これがなんと「笑う」演技だって言うんです!
王道の「泣く」演技に軍配が上がりそうな気もしますが、緊張や不安のなかでは泣くことは出来ても、笑うことはとても難しいんです。

日頃から一番やっているはずのことが、実は一番難しいって不思議ですよね。
私は、役者として数々の舞台に立ち、また様々な演技を見てきましたが、全ての演技のベースになるのが、この「笑う」演技だと思っています。

「笑う」演技に必要なのは、「心構え」、「集中」、「型」の3つです。
そのコツさえつかめれば、どんな演技も楽に出来るようになりますよ!

いつでも笑える「心構え」

演技をする上で、役者さんが大事にするのが「リアリティー」だと思いますが、これがまず「笑う」ことへの足枷になっている気がします。

無理に笑おうとすると、ぎこちなくなったり、わざとらしくなったりしちゃいますよね。
そこで、「本当」に面白いと感じなくちゃ!と思い始めた瞬間から、いよいよ「笑う」ことは難しくなっていきます。

面白くもないのに笑えない!?


誰が言ったか「面白くもないのに笑えない!」と私も言ってみたいところですが、ちょっとした気分の変化について、落語のマクラに「手のひら」の話がありまして、、、自分の「手のひら」を上に向けたり、下に向けたりするだけで、「陽気」と「陰気」が入れ替わるって言うんです。

手のひらを上に向けると、少し明るい気持ちになりませんか?それを両手で極端にやると、コメディアンのようなポーズになるはずです。(ご陽気ですね)

反対に、手のひらを下に向けると、少し落ち着いた気持ちになりませんか?両手でやると、幽霊のようなポーズになるでしょうか?(これは陰気です)
体の前に揃えて下ろせば、落ち着いた、礼儀正しい心持ちになるはずです。


質の違いなので、どちらが良いと言うことはありませんが、陰気な幽霊が「手のひら」を上に向けているのは、どうにも具合が悪いわけです。笑

でもこれだけで気持ちが揺らぐとすると、「リアリティー」ってなんなんでしょうね。

「面白いから笑う」のはお客さんです。
役者に必要なのは、「陽気」と「陰気」が絶えず変化していることに気付ける、軽やかさだと思います。

全てのやりとりは「笑う」ため


そうすれば、「笑う」ことも随分と楽になってくるはずなんですが、「喜怒哀楽」に比べると「笑う」という指示は、よっぽどでない限り、わざわざ台本には書かれていません!なので、最初から「必要がない」と考えられがちなんです。(高級感が足りないんでしょうか?笑)

そのせいか、例えば「悲しみを背負った」役を演じる時、「悲しみを背負ったまま」舞台に出て来て、ずっと「悲しみを背負っている」役者さんをよく見掛けます。

キャラクターの過去や、現在の状況、抱える問題、目的、それを貫く想いを、考え得る限り「リアリティー」として背負っているのだと思いますが、かたくなに「笑おう」とせず、その思い詰めた雰囲気で、劇場全体が窒息しそうになっているんです。

その荷物、舞台に出る時は一回全て下ろしてみましょう。

普段から、感情表現は「慎む」ものだからです。
そして、「会話」の目的は「会話」をすることだからです。

自分の感情に浸って想いを「伝える」ためではなく、その場を「心地よく維持する」ためには、どうしたら良いのか?と葛藤するのが楽しい、、、
そう!演技は「楽しい」ものだからです。


笑ったぐらいで、悲しみは消えません。
強い感情を、一回全て水面下に押し込んでみるんです。それが、あるきっかけで噴出するほうが、とてもスリリングです。

笑いたいのに、悲しい。悲しいのに、笑ってしまう。
この反対方向のエネルギーは、凄いですよ!

いつでも「笑える」状態に身を置くことが大事なんです。

「集中」するとは?


「笑う」ことへの抵抗が無くなれば、あとは笑うだけです。
但し、無理やり「笑おう」とすればするほど、その時間が長ければ長いほど、恐ろしいことが起こります。

「間」がもたないんです!

例えば、イライラしながら部屋中を歩き回る演技をやったとします。
これは、演技の良し悪しはさておき、「あーーーー」とか言いながら、ぐだぐだしているだけで、意外と「間」がもつんです。


ところが、笑いながら部屋中を歩きまわる演技はどうでしょうか?
「笑顔」じゃなくて、「あははは」と「笑い声」を出しながらです。
やってみると分かるのですが、恥ずかしくなるぐらい「間」がもちません!


これは、どうしてだと思いますか?
実はもの凄く簡単なことで、、、

「対象」がはっきりしないからです。

今度は、お茶碗でもジャンパーでも構わないので、対象を決めてください。
そして、その対象を「じっと見て」から、声を出して「笑う」のです。


これが、「集中」です。

「見る」→「笑う」

たったこれだけのことで、「笑う」ことが苦も無く出来るようになります。
途中で視線を外しても、対象を変えても構いません。

「笑い声」は、適当にポンっと出す。
「セリフ」も一緒です。ポンっと出すだけ。
セリフに感情を込めるなんて、「大ウソ」です。


(「間」をもたせるために、とりあえずポンっと出した後に、自分が「笑った」ことや、「思っていた」ことを知るのです。セリフに感情を込めるのは、愛憎やら、暴力やら、とにかく非常事態の時だけなんじゃないでしょうか?)

「見る」→「笑う(考える)」→「見る」→「笑う(考える)」

を繰り返すだけで、極端な話、笑っているふりでも、ちゃんと「笑っている」ように見えます。それはなぜか?

「間」がもつからです。

「笑う」演技が上手く出来ない=「上手く笑えない」ではないのです。
全ての演技がそうなんですが、上手く出来ない原因は、「間」がもたないことなんです。

その「間」を、「悲しみ」とか「怒り」とか、気分で埋めることはできますが、気分を演技のベースにしても、重苦しい舞台になるだけです。

その点、「笑う」演技とは、気分ではなく「行動」です。
この「行動」をベースにすると、あらゆる演技が楽になります。

「行動」ですので、「丸いな(笑)」とか、「重そうだ(笑)」とか、「何で動かない?(笑)」とか、「集中」しながら「考える」ことで、どんな風にでも演技を「続ける」ことが出来てしまいます。

( 私が演劇を始めた頃、主人公の付き人として、後ろに「立っているだけ」の、セリフの無い役がありました。にも関わらず、その演技が大変ご好評を頂けたのは、私が常に「考えて」いるように見えたからだそうです。キャラクターに合わないので「笑う」ことはしませんでしたが、その場で起きていることに対して、じっと意識を「集中」して「見続けて」いたことで、その場は開かれた空間になり、主人公の行動を「私を通して」お客さんが「見る」という現象が起きていたそうです)

相手や対象があれば、それを「見」ること。見れない状況であれば意識を「集中」すること。耳を「澄ます」と言い換えても良いかも知れません。

その相手とは「自分自身」の場合もあります。
自分に向けられる一番簡単な「集中」は、「笑っちゃだめ」と笑いをこらえながら、笑い続けることです。笑

「笑う」演技にも「型」がある!


それでも舞台上で「笑う」というのは大変ですよね!

技術的な所で言えば、「笑う」ことは発声ですので、単純に「母音」から始まる言葉は出しづらいということもあるかも知れません。
緊張だってしますし、いきなり「あははは」と笑うことは難しいんです。

歌舞伎の役者さんなんかを見ていると、ギアチェンジって言うんですかね?
「ンフフフフフ」「ホッホッホッホッホ」「あっははははは!」「アーーーーッハッハッハッハハーーーー!!!!」
と、徐々に出力を上げているのが分かります。


発声練習にもありますが、いきなり言葉を出すのが難しい時は、「ンーーー」とハミングから始めて、途中から「アーーー」と言う言葉に変えると、スムーズに発声が出来ます。

なので、いきなり全力で笑わなくても、自分が一瞬でも「笑った」ことに気付いて(集中して)、その「見る」→「笑う」→「見る」→「笑う」の流れの中で、徐々に「笑い」を大きくしていくと、驚くほど簡単に「大きな笑い」に到達できます。

そして、もう一つ大事なのが「身のこなし」でしょうか!

これも、歌舞伎役者さんを例にすると、最初は小さな笑いに反応して「肩」が小刻みに揺れ、笑い声が大きくなるとともに、「肘」を張り、「頭」は上を向き、「胸」を張って、最後には「体」全部で笑っています。

こういった「型」というのは、なかなか習得出来るものではないのですが、姿勢を変えるだけでも、「笑う」演技の質は変わるんです。

「手のひら」の話をしましたが、例えば、手のひらを口に当てて笑うと、「照れ」や「恥じらい」の印象が強くなりますし、手の甲を口に当てて笑うと、「朗らか」で「活発」な印象になります。
幽霊の話じゃないですが、陰気な姿勢でもって「笑う」、不気味な演技もあるでしょう。


「笑い方」一つでもキャラクターを演じ分けられるって、面白いですよね!

「体を大きく使う!」というのは舞台の鉄則です。(大袈裟にやるじゃないですよ…)

全ては見せ物ですので、舞台の大きさ、客席までの距離なども意識しながら、見てくれる人の為に笑いましょう。

まとめ

普段から「あっははは〜〜!」と無防備に笑える役者さんは、舞台上でもパッと華やかに星でも噴出する様に笑っています。
「笑う」ことは、「笑いました」という説明を超えて、重苦しい舞台の空気に風穴をあけるんです!

いつでも「笑いたい」気持ちで舞台に立って下さい。
「笑いたい」とは、笑ってるふりをすることでもなく、相手に媚びることでもなく、相手をよく「見る」ということです。
「笑う」ためには、「驚く」必要があります。「驚く」ためには、「新鮮さ」が必要です。
相手をよく見て、セリフを聞くだけじゃない、相手の表情、話し方、間の取り方、その他あらゆる出来事に対して「新鮮」に反応していると、たくさんの「発見」があります。

それらは全て「笑える」ことなんです。
だからと言って、笑う必要はありません。自分もまた「見られている」し、それぞれのキャラクターがあるからです。

この「いつでも笑える状態」がちょうど良いのです。