オレンジ色の夕焼けを背景に、まるで白鳥が戸惑いながら舞い降りてくるようなヴァイオリンの旋律から低弦楽器になだれ込み、そのまま霧の中に迷い込んだようなパッセージ。

その神秘的なパッセージに、白鳥が何かに呼びかけるような、静寂の中に響くトランペットの旋律。それに応えるようにオーボエが…


「おいっ!来るぞ」


ここでハッ!と我に返りました。その時、正に演奏会本番のゲネプロ(本番直前最後の練習)。シベリウス交響曲第2番の4楽章、最後のクライマックスに入る前の神秘的な場面。その直前でこれから吹く所をイメージしたら、その美しさに我を忘れてしまい危うくトランペットソロを落としそうになったのです(落とすとは演奏し忘れること)。

2番トランペットの人がボーッとしていた私に出番が来るぞと知らせてくれたのでした。これが本番だったらと思うとヒヤッとします。


■ 目次

白鳥の交響曲

シベリウスの音楽はとても不思議です。フィンランドに行ったことがない私でもその音楽を聴くと、広い湖や森、心温まる北欧の生活を感じることができます。

音楽で情景を聴く人に伝える事ができる。それはとても美しくて深い。それがシベリウスの音楽の特徴です。まるで白鳥が夕陽に向かってゆったりと飛び去って行く、そのような風景がイメージされます。


初めてのオーケストラ

私がトランペット奏者として初めてオーケストラで演奏したのがこのシベリウスの交響曲2番と5番でした。吹奏楽部でしか演奏したことがなかった私はヴァイオリンという楽器を間近で見たのも初めてでした。

オーケストラトランペット吹きとして吹奏楽と違うのは、緊張感です。

吹奏楽ではそれぞれの楽器、パートごとにまとめて音を作っていきますが、オーケストラは楽器の一本一本が重要な音を受け持ちます。たとえ目立たない音だとしても全体のバランスとして大きな意味を持っています。

とくにこの交響曲2番はそれが顕著です。非常に静かな伴奏からのトランペットソロがあったり、音程の合わせにくい高音が多用されたりと、やや難易度の高い曲とも言えます。

シベリウスは7曲の交響曲を残しました(クレルヴォ交響曲を除いて)。その中でも親しみやすくシベリウスの魅力が満載の交響曲第2番を、今回も緊張感あふれるオーケストラトランペット席からお送りしましょう。

交響曲第2番ニ長調 作品43

シベリウスの作品の中でもわかりやすく、親しみやすい曲です。最終楽章に向かって盛り上がっていき、勝利を讃えるようなクライマックスで終わるです。

北ドイツ放送交響楽団(現在はエルプフィルハーモニー管弦楽団)による演奏。そして日本でもお馴染みの巨匠ブロムシュテットによる指揮。

第一楽章

フィンランドの、遠くまで広がる湖と短い夏の青空を思わせる、のびのびした旋律から曲が始まります(0:02~)


時には深い森に迷い込んだような深遠な雰囲気や(3:36~)、湖の上を滑空するフィンランドの風のような音楽が展開されてゆきます(4:17辺りから)

この一楽章だけでもシベリウスの魅力が盛り込まれており、まるでフィンランドに旅行に行ったような気分になります。

第二楽章

ティンパニーから低弦楽器によるピチカートの伴奏が深い瞑想を思わせます(10:18~)

この交響曲第2番の大半はイタリア滞在時に書かれ、特に二楽章はイタリア文学である「ドンファン」から着想を得たといわれています。それでも内容はフィンランドの深い森と寒々とした広い大地を思わせる曲想です。暗いフィンランドの空から光が差し込むような美しさもあります(14:50~)。「静」と「動」がはっきりした、非常に緊張感のある曲です。


第三楽章


非常に素速いパッセージから始まります(24:46~)。この旋律が様々な楽器に引き継がれます。中間部のトリオでは牧歌的な美しい旋律(26:20~)

突如トランペットによるスケルツォの開始(27:32)。ここは最も重要な箇所です。

再び静かなトリオへ(28:59~)。そして曲は慌ただしく変化していきます。光が差し込むような木管楽器のパッセージとトランペットのロングトーン(30:10~)。盛り上がったところで短いファンファーレが吹かれ(30:28)そのまま最終楽章へとなだれ込みます。

第四楽章

チューバとティンパニの伴奏とともに、行進曲のような堂々とした旋律(30:34~)で4楽章は始まります。そしてトランペットのファンファーレ(30:40)

より高く高く飛翔してゆく白鳥のように、曲は感動的に流れていき、そして突如霧が立ち込めるような曲想に(32:39~)。白鳥が一声鳴くようなオーボエの短い旋律(32:55〜)

シベリウスらしい神秘的な旋律


途中でクライマックス(34:13)、その後瞑想するように曲は深く沈んでいきます。

木管楽器が慌ただしく鳴り出し、次第に盛り上がっていくと最初の行進曲とファンファーレが鳴り響きます(37:35~)

そして夕陽を背に、白鳥が戸惑いながら舞い降りてくるようなヴァイオリンの旋律から(39:21~)低弦楽器になだれ込み、そのまま霧の中に迷い込んだようなパッセージ(39:38~)


波のような神秘的なパッセージに、白鳥が何かに呼びかけるような、静寂の中に響くトランペットの旋律(39:49)。それに応えるようにオーボエが遠くから歌い返します。

オーロラのような、朧げな光の中から聴こえるフルート(40:08)


そして旋律はハッキリした形になり、木管楽器のさざなみのような伴奏に乗って徐々に歌い上げていきます(41:13~)。フルートの装飾音でさらに高まります(42:20~)。突如転調し(42:56)、クライマックスへ。しっかりした歩みで曲は進んでいきます(43:32~)

そして最後は高らかに讃歌を歌い上げるのです(43:52~)

「来るぞ来るぞッ!」トランペットパート演奏法のポイント

さて、このシベリウスの交響曲第2番、トランペットにとっては活躍の場が多く非常にやりがいのある曲ですが、同時にプレッシャーのかかる曲でもあり、トランペットの楽器の性能や音楽性が問われる曲でもあります。なので難しい所の手前に来ると非常に緊張します。

オーケストラ全体を引っ張っていくくらいの音の主張が必要な箇所がたくさんあります。マーラーやショスタコーヴィッチなどのようにキツすぎる音にならないように、かといって弱すぎないよう、トランペットらしい音を主張しなければなりません。

一楽章の金管アンサンブルの部分(7:08~)、1番トランペットがリードをとり、テンポが遅れないように気をつけて演奏しましょう。音の強弱記号も気をつけて。

二楽章では、高いA♭の音 (13:46~)をいきなりffで吹く所が難しいです。出番手前では非常に緊張します。音程、音色に気を配り、音が不安定にならないように。ここの金管アンサンブルもトランペットがリードしていきます。

(上手く音が当たるかな?ドキドキ…)

神秘的なソロ(16:04~)は特に聴かせどころ。フルートと呼応して、強弱の表現付けをクドくならないように。

三楽章で失敗が許されない特に目立つ所は、トリオが終わってスケルツォの始まり(27:32)の素速いタンギング。全てはトランペットにかかっています。非常に緊張する所です。

静かな曲調からいきなりこれ!

これはダブルタンギングとトリプルタンギングを併用して吹くもよし、出来るならシングルタンギングでしっかり吹くもよし。出番が近づいてきたら周りの人に聞こえないように舌の準備運動をして臨むと成功しやすいです。コッソリと(トゥトゥトゥトゥ…)

四楽章、最初のファンファーレ(30:40)は三本のトランペットがバランスよく聞こえるように、キツすぎない音で。


最後のコーダに向かって高まっていく所(42:20~)も2番、3番トランペットがしっかり聞こえるように吹きましょう。不思議な和音ですが、これこそシベリウスの音楽でしか聴くことができない美味しい音なのです。

名盤紹介

シベリウスの交響曲の中でも特に親しみやすく、演奏される機会の多い曲。名盤も数多くありますが、その中でも「純粋さ」と「熱さ」を兼ね備えた盤をご紹介しましょう!

渡邉暁雄/日本フィルフィルハーモニー交響楽団



素晴らしいシベリウスの演奏がこんな近くの日本のオーケストラで聴けます。渡邉暁雄は父親が日本人、母親がフィンランド人でありシベリウスの交響曲全集(ステレオでの)を世界で最初に録音した指揮者でもあります。

コリン・デイヴィス/ボストン交響楽団



オーケストラの各楽器のバランスが非常に良い演奏です。金管楽器アンサンブルが素晴らしく、この盤を参考にしました。

パーヴォ・ベルグルンド/ヘルシンキフィル、ヨーロッパ室内管弦楽団


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最もシベリウスの魅力を表現している演奏だと思います。一見アッサリした演奏に思えますが、楽譜の細かい箇所まで表現されています。

ヴラディーミル・アシュケナージ/フィルハーモニア管弦楽団



アシュケナージは元々ピアニストですが、ピアノでの安定感のあるアシュケナージらしさが指揮でもそのまま表現されている演奏です。あくまでもがなり立てない、綺麗な響きの音です。

シベリウスの世界

作曲された当時、フィンランドは隣の帝政ロシアに統治されており、圧政をしかれていました。シベリウスの友人でありフィンランドを代表するもう一人の作曲家ロベルト・カヤヌスがこの曲を「ロシアに対する抵抗と勝利」と評したことから、国民主義的な曲と捉えられがちです。

しかしシベリウスの交響曲はそういった何かを標題としたものではなく純粋な音楽として作曲されています。同時期に作曲された交響詩「フィンランディア」と、勝利に達する曲想という点では似ていますがこの曲もあくまで「純粋なシベリウスの音楽」といえます。

交響詩のような表題を越えて、純粋な音楽を。そしてさらに純粋な音楽をも越えて、フィンランドの自然や空気、人々の生活感をそのまま音にした。それがシベリウスの交響曲第2番の特徴といえるでしょう。

さらにシベリウスの交響曲は、番号が進むほどより深遠な音楽となっていきます。それはまたの機会にご紹介しましょう。



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