私の知り合いのある小学校の先生は、音楽の先生ではないのですが、非常に音楽の才能がある人でした。その学校にあった音楽クラブの発表会ためにボロディン作曲の「ダッタン人の踊り」を演奏することになり、元々あった鼓笛隊用の編曲版に手を加え、より原曲に近いものにしました。

編成はアコーディオンが十数名ほど、鉄琴木琴に小太鼓に大太鼓、タンバリンなどなど、どこの小学校にもありそうな楽器達です。

この編曲版に手を加えた「ダッタン人」は非常に良く出来ていて、この小学校の楽器でも原曲の良さを充分に表現できるものでした。

また、この先生の練習指導もしっかりしていて、クラブ発表会のでは大変素晴らしい演奏で、小学生の子達でも感動を与える演奏ができるものだな!と感動したものです。

どこの学校の音楽室にもある、古いアコーディオンなどで小さい子達が演奏したこの「ダッタン人の踊り」。民族風エキゾチックさと激しさを持った魅力的な曲で、様々な場面で編曲されています。

その旋律はテレビCMなどでも使用され、耳にしたことのある人も多いのではないでしょうか。

私がこの曲に出会ったのはトランペットを始めて間もない頃の吹奏楽での演奏でした。その後オーケストラでも演奏しましたが、どのように編曲されても原曲の魅力は損なわれません。

それではボロディンの「ダッタン人の踊り」を、今回もオーケストラトランペット席からご案内しましょう!

■ 目次

イーゴリ軍記


「ダッタン人の踊り」はボロディンが作曲したオペラ「イーゴリ公(未完、リムスキーコルサコフらが加筆し完成)」第2幕の中の曲で、捕虜となったイーゴリ公をダッタン人の首長が歓迎する場面の曲です。この場面の音楽が独立して演奏されることが多いです。

この「ダッタン人」とは、ポロヴェッツ人とも呼ばれる遊牧民族のことをいいます。ハンガリーからウクライナ、中央アジアの平原など広い範囲で生活していた遊牧民族です。

11世紀頃のダッタン人の分布図。かなり広い範囲で生活していた。後にモンゴル帝国と同化する


このダッタン人とイーゴリ公との、実際にあった闘いがオペラの内容ですが、主人公であるイーゴリ公自身は闘いが始まるとすぐにダッタン人勢に捕まってしまいます。

その後ダッタン人の中から協力者が現れ、その助けを得て妻のもとへ帰る、というのがあらすじです。主人公がすぐにダッタン人の捕虜となってしまうので、あまりカッコよくない所もありますがこの物語は優れた詩文「イーゴリ軍記」として古代文学の代表作のひとつとなっています。

韃靼人(だったん人)の踊り

合唱なしのオーケストラ版。リムスキーコルサコフが編曲した版

私が初めてこの曲を演奏した中学2年の時の吹奏楽部。音楽室の窓の外を見ると少し広めの野原が見えました。この冒頭のオーボエとフルートを聴くたびにその時の光景が思い出されます。

もちろん、中央アジアの草原と日本の中学校周辺の野原とでは比べ物にならないほどの広さの違いがありますが、広い草原の遠くまで響き渡るような美しいオーボエとフルートの旋律から曲が始まります。

有名な旋律(0:46~)。女性合唱によって歌われます(動画は合唱なしバージョン)よくCMなどで使われる美しい旋律です。これは「ダッタン人の娘たちの踊り」です。

民族風な和音でシンコペーションのリズムが刻まれます(2:20~)。クラリネットのきらびやかな舞踏風旋律は草原を駆け抜ける風になったような気分になります。これは「ダッタン人の男たちの踊り」です。押忍!


(3:04)からトロンボーンが冒頭の旋律を力強く奏します。圧巻です。

ティンパニの急激なクレシェンドから盛大な合唱(3:38~)。「全員の踊り」です。ここの合唱が非常に雄大です(動画は合唱無しバージョン。残念!)。このティンパニのクレシェンドは非常に効果的です。

「ダッタン人の踊り」ではトランペットは目立つ旋律はありませんが、随所で聴かせどころがあります。この合唱の部分でトランペットは非常に速いタンギングが必要になります(3:46辺り)

4連符で。


場合によっては「フラッター」という、舌を震わせて音を細かく刻んでいるように聴かせる奏法で吹く場合もあります(動画でもフラッターで吹いています。私もこんなに速いタンギングはできないのでフラッターで吹きました)。

曲は一旦静かになりますが、遠くから迫ってくるリズム(5:49~)、そしてより荒々しく曲は展開されていきます。

ここでトランペットのファンファーレ(8:58~)。硬めのはっきりした音色で吹きましょう。

(10:04)から音楽は緊張感を高めて白熱していき最高潮に達して曲を締めくくります。

名盤

ヴラディーミル・アシュケナージ/フィルハーモニア管弦楽団

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ユニバーサル ミュージック


途中のティンパニのクレシェンドが強力です。

ゲオルグ・ショルティ/ロンドンフィル

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ユニバーサル ミュージック


ショルティらしい力強い演奏です。

ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団



オーケストラはアッサリめで、合唱が聖歌風に綺麗な響きで歌われます。

ワレリー・ゲルギエフ/サンクトペテルブルグ・キーロフ歌劇場管弦楽団



非常に熱い演奏。動画の3:46のトランペットの速いタンギングが楽譜通りに見事に演奏されています。

実はすごい化学者


アレクサンドル・ボロディン(1833~1887)ちなみにブラームスと同じ歳


アレクサンドル・ボロディンはロシア5人組の一人で、弦楽四重奏や交響曲など魅力的な曲を残していますがその数は非常に少ないです。また、一曲を作り上げるにもかなりの時間をかけています。それはなぜか。

実はボロディンは専業の作曲家、音楽家ではなく本業は医者と化学者でした。作曲は本業の片手間に、つまりアマチュアの作曲家だったのです。どちらかというと化学の方面で活躍しました。

特に「ボロディン反応」と呼ばれる化学現象の発見やアルデヒドの研究など、多くの業績を残しています。

ロシア5人組の一人となったのも、医師として活動していた頃に診療に訪れたムソルグスキーからの誘いがきっかけでした。

ちなみにこのロシア5人組の特に有名なボロディンの他、ムソルグスキー、リムスキーコルサコフも専業の作曲家ではありません。ムソルグスキーは軍人、リムスキーコルサコフは船乗りが本業でした。

本業でなくともこのような素晴らしい音楽を創り出すことができるのは才能もありますが、西洋音楽にとらわれず、自国のオリジナルの曲にこだわった点が大きいでしょう。

魅力ある民族風音楽が精緻な西洋音楽で再現された時、さらなる素晴らしい音楽となります。この「ダッタン人の踊り」はその代表的な名作といえるでしょう。


Third picture By Cumanian [CC BY-SA 4.0 or GFDL], from Wikimedia Commons.

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