世界中には数多くのオーケストラがあり、歴史の古い楽団から新しい楽団まで、様々な名曲を私達に聴かせてくれます。クラシック音楽ばかりでなく、ポップスでもジャズでも演歌でも、オーケストラはいつの時代でも楽しいものです。


「将来は音楽で仕事をしたい!もちろん演奏する仕事をしたい!」

と考えている学生さんや子供たちは、まずはプロのオーケストラに入団したい!と考えるのではないでしょうか。どのジャンルであれ、音楽で仕事してゆくのは難しいといわれます。

その中でオーケストラは安定して収入が得られるという印象があります。ではプロのオーケストラに入るにはどうしたらいいのか?入団試験のようなものはあるのか?

もちろん!オーケストラに入るにはアイドル同様(?)オーディションがあります。

そこでオーケストラトランペット奏者のオーディションとはどのようなものか、今回はある著名な交響楽団のオーディション会場、審査員と有名指揮者と楽団員が見守るステージ上から、課題曲をガチガチの緊張感でご紹介しましょう!

オーケストラオーディションの課題


プロのオーケストラトランペット奏者になるには非常に難しいといえます。

まずはその楽団のトランペット奏者の席が空くのを待つ必要があります。通常は3〜4人の奏者が在席しています。

その中の一人が退職(退団)し、席が空いて初めて〇〇フィルハーモニートランペット奏者募集となるのです。音楽雑誌「音楽の友」などに募集の広告が出ることもあります。

なんと、その空いた1つの席におよそ100人以上のトランペット奏者が応募します。トランペットや管楽器は基本的に各パート一人づつなので、競争率はものすご〜く高いといえます。

オーケストラ奏者になるためには、楽団によって多少違いがありますが、基本的に一次試験、二次試験と2つの試験があり、演奏する課題曲が指定されます。最初に録音したものを送る必要がある楽団もあります。

ほとんどの楽団の一次試験はフランツ・ヨーゼフ・ハイドンのトランペット協奏曲が指定されます。全曲演奏するのではなく、1楽章の一部が指定されます。使用する楽器はB♭管です。

そして二次試験では「オーケストラスタディ(オケスタ)」とよばれるオーケストラ曲のトランペットソロや、有名な箇所を演奏します。

オーディション会場で

さて、履歴書を書いて郵送で申し込み、いよいよ一次試験ですが、ピアノ伴奏が必要になります。まず伴奏を引き受けてくれるピア二ストを探さないといけません。信頼できる方にお願いしましょう。そして時間をとって下さったピアニストの方には感謝しましょう。

いよいよ本番当日、服装もスーツでビシッとキメて、応募者の集合場所であるロビーに行くと…

大勢のトランペットを持ったスーツ姿とドレス姿の人達が出番を待っています。なんとも不思議な光景です…トランペット奏者とピアニスト、大体が男女ペアなのでお見合いパーティーか?!と勘違いしそうです。


そしていよいよ私の出番です。客席には首席指揮者とトランペット奏者、コンサートマスター、何人かの団員や運営事務の人がいます。


いつもは私が客席からオーケストラを聴きますが、今回は全く逆にオーケストラ奏者に私の演奏を聴かれます。なんともいえない緊張感です!

「はい、そこまでで結構です」

演奏の途中で指揮者から声がかかります。演奏するのは1楽章の展開部から再現部の途中までです。

他の人の演奏を聴くと私よりはるかに上手な人達ばかりです。これほどの名手が一堂に会することは滅多にないでしょう!

しかし、それでも二次試験に進めるのは1名か2名だけなのです!かなりシビアで、私の伴奏者のピアニストも「10人くらい二次試験を受けさせてくれてもいいのに」と言っていました。

私はというと…やっぱりこの楽団での二次試験までは進めませんでしたm(__)m

トランペット、音階はじめました。

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)交響曲をはじめほぼ全てのジャンルに渡り多くの作品を残した古典派を代表する作曲家。


さて、ここでこの課題曲であるハイドンのトランペット協奏曲の1楽章を解説したいと思います。

クラシック音楽でトランペットが活躍する代表的な曲というと皆さんはどの曲を思い浮かべるでしょうか?

展覧会の絵、ウィリアムテル等…

インパクトはあり、オーケストラの楽器の中でも目立つ存在でありながら意外と少ないですね。ヴァイオリンやフルートのような楽器のソロ曲となると知っている人の方が少ないかもしれません。

クラシック音楽、特にモーツァルトやベートーヴェが活躍した古典派時代、トランペットという楽器は不遇の時代と言えました。理由は1つ。

旋律を演奏できない!

ピストンバルブが開発されるまで、トランペットは構造上ド、ミ、ソ、などの限られた音しか出すことができませんでした。

そのピストンバルブが開発される少し前、ウィーンの宮廷トランペット奏者アントン・ワイディンガーがクラリネットやオーボエ等と同じキィによって半音階ができるトランペットを開発しました。(開発したのは別人という説もあります)

キィ式トランペット


この楽器ための曲を、ワイディンガーは、友人の、当時晩年で円熟した巨匠ヨーゼフ・ハイドンに依頼しました。(同時にピアノ曲で有名なJ・N・フンメルにも作曲を依頼し、こちらも重要なトランペット協奏曲の名曲となっています。)

ハイドンにとって最後の協奏曲となる「トランペット協奏曲変ホ長調」は1796年に作曲され、1800年にワイディンガー自身の演奏で初演。人類が初めて、トランペットで中音域を半音階で吹くことが出来た瞬間でした。

しかし、ほどなくしてピストンバルブ式のトランペットが開発され、このキィ式のトランペットは廃れます。そして1840年頃には完全に姿を消してしまいます。それと同時にこのトランペット協奏曲も忘れ去られました。

長らく忘れられていたこの曲は1900年代に再び発見され、以降トランペットにとって重要なレパートリーとなったのです。

トランペット協奏曲変ホ長調。演奏のポイント

トランペットを学ぶ人は必ずと言っていいほど演奏する機会があるです。



ハイドン自身はこの半音階を吹くことが可能になったキィ式トランペットに大変興味を持ったようです。半音階が巧みに駆使され、ファンファーレ風のフレーズがあったりとトランペットらしい曲となっています。

ソロしょっぱなからミ♭の音階をもとにした旋律で始まります(1:09~)。この最初の音をどの様な音色で演奏するかで全てが決まります。

inE♭の楽譜。B♭管で吹く場合、ファーソーラ・・・と移調する。


「古典派らしい音色」をトランペットで演奏する、ということはなかなかイメージがわかないかもしれません。

この曲はあくまでトランペットのソロの曲ですので、オーケストラや吹奏楽で吹くような、金管楽器らしいブリブリした音色ではなく、柔らかい音色で吹きましょう。

かといって貧弱な音にならないように、フォルテではトランペットらしい音色が必要です。

音色に関してはたくさんの演奏を聴いて自分でイメージして吹けるようにしていくしかありません。

ここから第二主題です(1:38~)。このキイ式トランペットの要である半音階が多用されます。


とにかく柔らかい音色で、「滑らかに」拭きましょう。ハイドンはまさにこの半音階をトランペットで演奏させるためにこの曲を作った、ともいえます。

この後も半音階を駆使したフレーズが出てきます。

ここからが展開部(2:56~)です。オーディションの試験ではここからを指定されることが多いです。


高音域の技巧的なフレーズが連続します。さらに高音のD♭まで上がります。B♭管でいうと2オクターブ上のミ♭です(3:27)


多くの人はこの高音域でついつい力が入ってしまうと思います。たしかにキツい箇所ですが音までキツくならないよう、音作りをしなくてはいけません。

オーケストラや吹奏楽で吹くのとは違い、息を入れすぎないことがコツです。

そして再現部(3:57~)。ここの第1主題の旋律までがオーディションで審査されます。

今度は音の跳躍が現れます(4:22~)。高い音もですが、低い音の音程に注意です。


そして高音域の速いパッセージ(4:48~)。これも焦らず、音色重視でいきましょう。


焦らず、安定感をもって。



この一楽章だけでも音色や高音域、滑らかな半音階、音の跳躍、速いパッセージ等、トランペットに要求される必要な技術が網羅されています。

カデンツァのコツ

最後に、バロックや古典派のピアノ協奏曲等と同様にカデンツァが、このトランペット協奏曲でもあります(5:22~)。カデンツァは演奏者の技術を披露する即興演奏です。

つまり、自分で何か曲を作ってアドリブ演奏するということです!

ジャズなどもコード(和音)に従って自由に演奏するアドリブがありますが、クラシック音楽でのアドリブはジャズほど複雑なコード進行はありません。

クラシック音楽のカデンツァは演奏者によって様々ですが、基本的には

・第1主題と第2主題を、あまり形を崩さずに取り入れる。

・曲の中で使われる音形、例えば4連符や3連符などのリズムを駆使する。

・カデンツァの最後、「アドリブはここまでですよー」と指揮者とオーケストラに伝えるために属和音の音でトリルを吹き、最後に主音で結ぶパターンが多いです。

B♭管ならば、ラソラソラソ〜ファソファと演奏します。動画の6:07のような感じでオーケストラにバトンタッチをします。これは古典派のカデンツァならピアノやヴァイオリンでも同様です。

ジャズもクラシックも、いわゆる「ノリ」で演奏する点では同じです。この「ノリ」という点では少々才能というものが必要になってくるかもしれません。

「オイラはこんなに上手いんだゼ!」

というのを聴かせます。即興演奏は感性と慣れが必要なので、たくさん演奏を聴いたり、自分で演奏したりいわゆる「場数」が必要です。

名演奏

音色をイメージするにはやはり、名手の演奏を聴くのが一番です。トランペット奏者の人はそれぞれ好きなトランペッターがいると思います。その奏者の音に近づけられるよう日々勉強ですね!

モーリス・アンドレ

ハイドン& L.モーツァルト:トランペット協奏曲集

トランペットを吹く人なら誰でも知っている偉大な奏者ですね。モーリス・アンドレの演奏は様々な盤がありますが、どれも素晴らしい演奏です。

オーレ・エドワルド・アントンセン

Trumpet Concertos

音の綺麗さでは最も素晴らしいと、個人的に感じています。私が目指す音はこの音です。

ウィントン・マルサリス

トランペット協奏曲変ホ長調

ジャズとクラシックをこれほど巧みに吹き分けられる奏者はいないでしょう。

神代修

ヴェニスの謝肉祭-トランペット・ニュースタンダード Vol.2-

日本人トランペット奏者の中でも特に素晴らしい音です。安定感があります。

フリーデマン・インマー(ピリオド楽器)

Haydn: Trumpet, Organ and Horn Concertos

こちらは初演時と同じキィ式トランペットでの演奏です。オーケストラも古楽器の演奏です。

オーケストラスタディの難易度順

さて、非常に狭き門である一次試験に合格すると次は、二次試験。オーケストラ奏者としての力量を審査する為、数々のオーケストラ曲の中から有名な箇所が指定されます。オーケストラによって多少違いますが、おおよそ次の曲が課題曲です。

どの曲も掘り下げれば難しいものばかりですが、私が感じる難易度順に、簡単と思える曲から並べてみました。

〇ベートーヴェン「レオノーレ第3番」から
舞台裏からのファンファーレ

〇レスピーギ 「ローマの松」からカタコンベ付近の松
こちらも舞台裏からのソロ

〇チャイコフスキー「イタリア奇想曲」から
ハッキリとしたタンギングが出来るかを見られます。

〇リムスキーコルサコフ「シェエラザード」第四楽章から速いタンギングの部分。
素早い安定したダブルタンギングが必要。

〇ムソルグスキー/ラヴェル編曲版「展覧会の絵」から、サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
ピッコロトランペットでの演奏。

〇ラヴェル「ボレロ」から、最後のピッコロトランペットパート
しっかりした高音域が出せるかが課題です。

〇ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」第3部ムーア人の部屋、途中からのソロ。
コルネットでの演奏。

〇ストラヴィンスキー 「火の鳥」からカスチェイの踊り
大編成オーケストラのトップ奏者としての音量が試されます。

〇バルトーク「管弦楽のための協奏曲」第五楽章から
とてつもなく難しいソロです!

その他、楽団によって様々な曲が指定されます。

採用される人とは

オーケストラ奏者への道は非常に狭き門といえます。ある楽団ではオーディションを行なったにもかかわらず、見合う人がいなかったということで「採用者無し」という事も実際ありました。

採用された人のプロフィールなどを見ると、海外への留学経験や、すでに海外のオーケストラで演奏した経験がある人が多いです。

または在席奏者のお弟子さんがオーディションなしで入団、という事もあります。

いずれにしてもオーケストラのトランペット奏者になるには、非常に競争率の高いオーディションを突破しなければなりません。

まるで雲の上の話のようで、とても手が届かない世界のように思えるかも知れません。しかし、音楽の道は長い道のり。焦らず、諦めず。自分の理想とする音を目指して、日々自分の音と向き合うことが大切です。

トランペットという楽器は吹き手の心構えで音が大きく変わるものです。上手く吹けないと心も落ち込むし、上手く吹ければついついそれで満足してしまいがちです。

トランペットという楽器に限ったことではなく全ての楽器に言えることですが、自己満足も自己不満足も、どちらも陥ってはいけません。常に自分の音と奏法を研究して行くことが大切な事です。

その積み重ねがプロ奏者の道で、オーディション合格後の活躍こそが本当の意味での「試験」なのです。


Second picture By Wikimurmeltier [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons.