ザ・プロムス——イギリスロンドンで毎年夏に開催される8週間にも及ぶ世界最大のクラシック音楽コンサートです。このコンサートに足繁く通う人々は「プロマー」と呼ばれ(この言葉は「ぶらりと歩く」という意味の英語のpromenadingに由来しています)全コンサートを聴いた時にもらえるバッジやTシャツを着ていることが一種のステータスとなっています。

そんなザ・プロムスで必ずと言って良いほど毎年演奏され、その場にいる人々が嬉しそうに聴き入ったり合唱をするクラシック曲があります。それが今回紹介するエドワード・エルガーの『威風堂々 第1番』です。有名な曲でテレビのBGMなどでもよく使われているので聴いたことがある人も多いと思います。

この『威風堂々 第1番』は初演から3日後の演奏会で当時の観客が2度にわたるアンコールを求めたことが逸話となっている当時から高い人気を誇っていた楽曲です。今回は元オーケストラ団員トランペト奏者の私が、エルガーの『威風堂々 第1番』について解説していきます。
 
BBC交響楽団 サカリ・オラモ指揮


■ 目次

エドワード・エルガーの生涯

エルガーは1857年イングランドのウスター近郊に生まれました。父親は楽器店を経営しながらオルガニストやバイオリニストを務める音楽家。しかしエルガーの家はあまり経済的に恵まれておらず、エルガーは幼い頃から正規の音楽教育を受けることなく15歳まで一般教育を受けていました。

そのためエルガーは独学でピアノやバイオリンを学びます。父親は名家の家を回りピアノを調律することもあり、エルガーはそんな父親に連れられては地元の名士たちの前で楽器を演奏していました。

一方エルガーの母親は芸術への関心が高くエルガーが音楽の道に進むことに賛成の意を示したと言います。そんな母親の後押しもあってかエルガーは10歳の頃には劇曲を作曲しました。その作品は40年後に自らほんの少しの修正を加えオーケストレーションしています。

それが組曲『子供の魔法の杖』です。子供の頃スケチブックに書いた曲の構想であることからエルガーの最初の作品であることを示す「作品番号1」がつけられています。

『子供の魔法の杖』はこちらから聴くことができます。

エルガーは16歳の頃からバイオリン教師として働き始めます。その後は作曲活動をしたり、オーケストラの団員として活動したり、指揮者として活動したりと音楽の道を歩み続けます。

そしてエルガーにも29歳の時に運命の出会いが。その時出会ったのがエルガーが弟子としてとった8歳年上の女性キャロライアン・アリス・ロバーツという女性です。


当時アリスの家族はエルガーとの結婚に大反対。そんな家族の反対を押し切りアリスはエルガーと結婚したのです。アリスは生涯エルガーのマネージャーとして働き、彼の音楽に的確なアドバイスを与え続けたと言います。

エルガーの作品の中でも『威風堂々 第1番』と同じくらい良く知られている曲に『愛のあいさつ』があります。この曲はそんな妻アリスに向けて書かれた曲だと伝えられていますよね。

『愛のあいさつ』はこちらから聴くことができます。

エルガーのアリスへの愛はとても強く、晩年アリスの死後は創作意欲を失ってしまい代表作を生むことはなくなってしまいました。

またエルガーにはもう一曲逃してはならない代表曲があります。『威風堂々 第1番』のメロディーの一部を転用しイギリス国王エドワード7世のために書かれた『希望と栄光の国』です。この作品は現在イギリスの第2の国歌とも呼ばれていて、その歌詞はこんな歌詞になっています。


Land of Hope and Glory, Mother of the free,
(希望と栄光の国 自由の母よ)
How shall we extol thee, who are born of thee?
(汝をいかにして称えん 誰ぞ汝から生まれん)
Wider still and wider Shall thy bounds be set;
(我が領土ぞ 広くさらに広くなり)
God, who made thee mighty, Make thee mightier yet.
(汝を強大にした神よ 神は今も汝を強くし給う)

※訳は私の意訳です。「thee(汝)」というのは祖国イギリスを指しています。ホルストの作曲したイギリスの愛国歌「我は汝に誓う、我が祖国よ」の題名も英語では「I vow to thee, my country」ですね。

『希望と栄光の国』はこちらから聴くことができます。

エドワード・エルガー『威風堂々』

『威風堂々』はエドワード・エルガーが作曲した行進曲集。第1番が最も有名で特に日本では『威風堂々』と言えばこの第1番を指すことが多いです。エルガーは全部で第1番から第5番まで作曲しており、エルガーの死後イングランドの作曲家であるアンソニー・ペインが補筆し第6番を完成させました。

イギリスでも『威風堂々 第1番』のことを『希望と栄光の国』と呼ぶことも多く、ザ・プロムスの『威風堂々 第1番』の演奏の動画でもタイトルは『希望と栄光の国』になっていたりします。

アメリカでは『威風堂々』は学校の卒業式の定番曲。卒業生入場の時のBGMとして使用されています。在校生の吹奏楽部やリコーダーの合唱によって生演奏されることが多いです。

日本では自民党のCMに使われたり、Jリーグのチームのサポーターの応援歌として使われたり、アイドル番組のオープニングテーマとして使われたりと幅広く使われています。プロレスラーの入場曲としても使われていますね。


私の『威風堂々 第1番』演奏エピソード

私はこの『威風堂々 第1番』を上級生を送る卒業式でオーケストラの一員として演奏したことがあります。卒業式の時に生演奏で『威風堂々 第1番』を演奏するアメリカンスタイルでした。

ここからは冒頭の動画を観ながらお楽しみください。

私たちオーケストラが特に何度もなんども練習したのが0:01〜の出だし。この入り方がとても難しく私を含む金管楽器はこの部分を何回も練習しました。ここは裏打ちで入るリズムで指揮者と演奏者の音を合わせるのが難しい部分なのです。

0:11〜メロディーが弦楽器にバトンタッチされるとトランペット奏者の私は何となくひと段落したような(まだ開始11秒ですが)そんな気持ちになったのを覚えています。

0:32〜少し聴き取りづらいですがトロンボーンが動きのある魅力的なメロディーを奏でているのが聞こえますか?0:41〜は映像でも見れるので分かりやすいですね。

私たちはアマチュアのオーケストラ楽団だったのでこのトロンボーンの箇所は魅力的だけど音の切り替えが早くなかなか難しい箇所でここもトロンボーンと弦楽器でよく練習していました。ちなみにこの箇所のトランペットは簡単だったので私はただ気持ちよく演奏を楽しんでいましたよ。

皆さんもよく知る有名なメロディーは2:04〜始まります。そしてかなり聞き取りづらくて申し訳ないのですが私が大好きで最高の気分で吹いていたのが2:47のトランペット。「ソファ(シャープ)ファ」というトランペットの音。

たった3つの音なのですが、曲の中で奏でると、とても感動的で私にとってはこの曲の中で一番好きな箇所でした。

この頃になると卒業生の入場も始まっていて、卒業式の感動的な雰囲気とともに、ものすごく気分が上がって気持ちがいっぱいになったのを覚えています。きっとこの会場にいる人々も愛国心のこもった合唱をこのメロディーに乗せて歌っていたら感極まったことと思います。

私はこの『威風堂々 第1番』を演奏会やコンクールで演奏したのではなく卒業式で演奏したので、他の曲よりも緊張がなく楽しく吹くことができました。

この『威風堂々 第1番』はとてもメロディーの動きが感動的で気持ちを込めやすく、演奏者も聴いている人も音楽に思い切り陶酔できる曲だと思います。動画でも司会者の人が曲が終わったのにもかかわらず「Let’s have another go!」(もう一度やりましょう!)と言って観客も盛り上がっていますよね。

ちなみに私はその時の卒業式で「愛のあいさつ」とビートルズの「ヘイ・ジュード」も演奏しました。実は当時の私は卒業式で『威風堂々 第1番』を演奏するのがアメリカの習わしであることも、「愛のあいさつ」がエルガーが妻アリスに送った曲であることも知らなかったです。

ただただ卒業式の感動で胸がいっぱいでした。天国のエルガーさんは遠い異国の地での私たちの演奏を聴いて「やれやれ」と言っていたかもしれませんね。

最後に

今回この記事を書いていて「ロンドンのザ・プロムスに一度でいいから行ってみたい!」という気持ちが強く芽生えました。世界の名だたる指揮者と演奏家が集まる世界最大のクラシックの音楽祭。元オーケストラ団員の私としては死ぬまでにぜひ一回行ってみたいです。

また今回はあまり紹介できませんでしたが、威風堂々第2番以降の楽曲もエルガーらしい力強い気品と自信に満ち溢れた作品になっています。あまりに第1番が有名になりすぎていて、2番以降は一般的には存在すらあまり知られていませんが実は隠れた名曲です。あなたもこの機会にぜひ聴いてみてください。


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