(グリーグ、ニーナ夫人と)

エドヴァルド・グリーグ(Edvard Grieg,1843-1907)作曲のピアノ組曲『ホルベアの時代から』についての記事です。

この楽曲の弦楽合奏を聴いて、興味をもって私が楽譜を買ったのが大学生時代でした。当時まだ日本版はなく、今回とりあげるPeters Editionだったと記憶しています。

グリーグの作る音楽には、しっかりとした骨組みがあります。
代表曲のひとつである『ペール・ギュント組曲』は、昭和30年代には、小学校のカリキュラムの中で、児童に必ず鑑賞させるよう、当時の文部省が決めた楽曲である「共通教材」になっていたほどで、子どもでもわかりやすい曲作りをする作曲家だと言ってよいと思います。

『ホルベアの時代から』に対して、練習の過程で曲にどのようにアプローチするかは、ツボを押さえれば、わかりやすいので、深く考える必要がなかったと記憶しています。

その一方で、グリーグ自身がピアノを愛していたがゆえの、演奏スキルの高さとのギャップを感じることがありました。わかっちゃいるけれど指が回らない、など、悩みはつきませんでした。

結局、試験、レポート、ゼミの発表といろいろなものに追いかけられ、また、音楽科の教職についてからは、仕事として以外の楽曲を練習する機会もなくなり、『ホルベアの時代から』の楽譜は、きちんと仕上がらずに私の本棚にもどってしまいました。

自分ができなかった分、ひとりでも多くの方に仕上げてほしいという願いをこめて、記事を書くことにしました。

グリーグの生い立ち。妻と北欧民謡への愛情

グリーグは、母をピアニストに持ち、スウェーデンの統治下にあったノルウェーのベルゲンに生まれました。

15歳の頃からドイツのライプツィヒ音楽院に留学して作曲とピアノを学びました。
20歳のころからデンマークのコペンハーゲンで、作曲家のニルス・ゲーゼ(Niels Gade)に作曲の指導を受けました。

1864年、ベルゲンで作曲家の先輩にあたるリカルド・ノルドローク(Rikard Nordraak)に出会い、「北欧音楽推進グループ」を結成。ノルドロークが1866年に亡くなってしまっため、大きなうねりにこそなりませんでしたが、グリーグは、終生ノルウェーの物語や自然や民謡を愛し、作品のモチーフとしてとりあげています。

「グリーグの音楽の中には、どこを切っても北欧の血が流れているようだ」といわれているほどです。

この当時は、西洋クラシック音楽の歴史の中ではロマン派後期と呼ばれる時代で、モーツァルトやベートーヴェンたちが築いた古典的な理論を受け継ぎながら、音楽にいろいろな情感あふれる表現を盛り込んでいきました。

また、フランス革命やナポレオン戦争でヨーロッパの人の動きが活発化、ナショナリズムの力強さが再確認された影響もあり、ドイツ、オーストリア、フランスが中心になって動かしていた音楽の語法を使いながら、故郷の国の音楽の要素を作品に取り入れていく作曲家が少しずつ増えてきました。グリーグも、そのひとりです。

グリーグが作品として残したのは歌曲が多く、これには母方の従妹である歌手のニーナ夫人との結婚が大きな影響を与えているといわれます。

ピアノ曲は自作自演で

それとともに、「北欧のショパン」と呼ばれるほど多く、ピアノの作品を作曲しました。自分自身、ピアニストとしての活動も積極的にしていました。

ピアノのための『抒情小曲集』は10巻を数えます。ひとつひとつがテーマをもった魅力的な楽曲で、多くのピアニストがとりあげ、録音を残しています。グリーグのピアノに対する愛情、北欧への愛情を物語っています。

グリーグの作った楽曲の中で、ピアノで規模の大きな曲としては、『ピアノ協奏曲第1番イ短調』くらいしか挙がらないのですが、タイトルは知らなくても、前奏は間違いなくどこかで聴いている方が多いと思います。

前奏をほとんど独奏楽器のピアノで弾いているというのは、他の作曲家の作品に見当たりません。
「独奏楽器が第1楽章の前奏の最初からffのsoloを使ってしまう」という手法は、ピアノ奏者を100%信頼しきった、劇的な部分です。

一般的に、協奏曲のイントロは、それがほんとうに短い2小節くらいのものであってもオーケストラが(たとえば、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲くらい短くても)担当するものでした。

テレビのバラエティーで「ショックを受けた時の」破壊的な、あるいは悲劇的な効果音として、よく耳にするとも多いであろうこの楽曲、とりあえずイントロだけでも聴いてみましょう。


ピアノ協奏曲1楽章のみ

『ホルベアの時代から』作曲のいきさつ

さて、『ホルベアの時代から』というタイトルの「ホルベア」とは「デンマーク文学の父」「北欧のモリエール」とも称された、作家ルズヴィ・ホルベア(Ludvig Holberg,1684-1754)のことです。

ホルベアはグリーグと同じベルゲン出身です。『居酒屋政治家』などの風刺のきいた脚本を創作した一方、歴史学者としても『デンマーク史』を著しており、コペンハーゲンの大学で学び、のちに同大学で法律や言語や歴史について教える立場にも就きました。コペンハーゲンの「知」にさまざまな角度からアプローチをした重要な人物だったのです。

グリーグは、この同郷の作家の没後200年を記念する祝祭を記念して、無伴奏男声合唱のためのカンタータと、ピアノ独奏のための組曲『ホルベアの時代から』を作曲しました。日本では、ひとりの日本人作家に対する記念祭をするという習慣がないので、ピンときませんね。

2曲作曲をしたのですから、かなりの大仕事だったかと思われますが、故郷の偉大な文学者のために、グリーグはおそらく誇りと情熱をもって取り組んだことでしょう。

カンタータは1884年12月3日(ホルベアの誕生日)に初演され、『ホルベアの時代から』はグリーグ自身のピアノで12月7日に初演されました。

1885年にグリーグはピアノ組曲『ホルベアの時代から』を、弦楽合奏のために編曲しました。ホルベアをドイツ語読みした「ホルベルク組曲」のほうが、クラシックファンにとってはよく知られているようですし、どちらかというとこの呼び方のほうが一般的になっているようです。

弦楽合奏版はこちら


しかし、「ホルベルク組曲」というニックネームだけは、『ホルベアの時代から』というタイトルに込められた意味が伝わらなくなります。省略された「時代から」の部分が、この楽曲にとって重要なところだからです。

ホルベアの生きていた200年前の時代、それはバロック音楽の時代でした。
グリーグは「古いスタイルで」というサブタイトルをつけています。200年をへれば、音楽も当然変わってきています。グリーグは、古いスタイルの中で、バロック音楽を額縁にして、自分たちの時代の音楽を描くような作曲をしてみようと考えたのでしょう。

21世紀の私たちにとっては、「クラシック」という中にひとくくりされてしまうかもしれませんが、グリーグにとっては、自分のまわりにある音楽と、「バロック音楽」は全く違うものでした。

バロック音楽、すなわちホルベアに敬意を払いながら、グリーグは、バロック音楽の枠の中に、自らのロマン派的な音楽を組み込んでいくという実験を試みたのです。

音源はhttp://www.piano.or.jp/enc/pieces/102/にあります。

1曲ずつの収録になっています。実際の練習の時には、このほうが使いやすそうですね。


バロック音楽舞曲のスタイルを学ぼう「バロック音楽は対比の音楽」

バロック音楽といっても、独奏曲からカンタータまで、いろいろあるのですが、『ホルベアの時代から』は舞曲の組曲です。舞曲は、貴族のサロンで踊られることを想定して作曲されるので、もともと、アンサンブルがあっても大きな編成ではありません。

実際、グリーグがオーケストラではなく、弦楽合奏に編曲したのも、古いスタイルを継承することとして、そのような編曲をしたのでしょう。

第1曲は、プレリュード。組曲や、それに類する他楽章楽曲の冒頭で演奏される導入の役割を果たす楽曲です。現代でも「前奏曲」の役割をもっていろいろな組曲の中で続いています。

第2曲はサラバンド。ルーツは16世紀のラテン・アメリカやスペインで生まれ、ギター伴奏で歌われた楽曲で、17世紀に、フランスの宮廷舞踏になりました。のちに3声部の軽やかな舞曲と、和音主体の荘重な舞曲の2つの種類に分かれていきました。

『ホルベアの時代から』では、前後の楽曲のテンポが速いので、後者を採ることになります(理由は後述します)。軽やかな面はほとんどなく、なめらかな優しい旋律です。

もし、舞曲集の中に「クーラント」という舞曲が来た場合、サラバンドはクーラントの後ろに置かれることが慣例となっています。

第3曲はガヴォット。フランスのブルターニュが発祥の地です。2/2拍子で2拍子から始まることになっています。2拍子目で飛び跳ねてから両足で強いアクセントがあって、シンプルなので、ピアノ初心者用の楽曲もよく作られています。

第4曲はエア(アリアとも呼ばれます)「歌曲」の意味で、17世紀に、器楽組曲でも使われるようになりました。

第5曲はリゴードン。一般にアウフタクト(上拍)で始まる2拍子の速い舞曲ですが、『ホルベアの時代から』では4拍子になっています。しばしば中間部を持ちます。この中間部は3声部で書かれているので「トリオ」と呼ばれます。


さて、最初に「バロック音楽は対比の音楽」と書きました。
強い/弱い、速い/遅い、長音階/短音階をきっぱりと対比させます。

「強い/弱い」の対比は、おもに楽器の性能の制約から生じました。

バロック音楽のアンサンブルは、強弱に微妙な変化がつけられませんでした。
その原因はおもにチェンバロにあります。(これはイタリア読み。英語圏ではハープシコード、フランス語圏ではクラブサン)です。

他の弦楽器はガットを使いますが、チェンバロは金属弦で、弦楽器と違う独特の音色で、合奏の中~低音域を担当します。和音が出せるという特徴を生かして、アンサンブルの中核として活躍します。

この楽器はキーを弾くと楽器の中にある爪が弦をはじきます。
しかし、爪は小さな爪なので、強い音は強く、弱い音は弱くはじけばよいのですが、強い音と弱い音の中間は上手に出せません。

そこで、バロック音楽は、強弱の対比をはっきりさせて、チェンバロがアンサンブルの土台を支えられるように作られます。

のちに、弦を叩く構造が発案されて、この楽器はピアノフォルテに主流の座を明け渡すことになるのですが、現在もバロック音楽には欠かせない楽器として、新しい楽器もたくさん造られています。

現代のチェンバロ(1979製)

2つめの「速い/遅い」のテンポの対比は、基本的に「舞曲」を前提にして作曲されるところから生じます。

『ホルベアの時代から』の組曲の構成は、

速い⇒遅い⇒速い⇒遅い⇒速いとなっています。

つまり、テンポの対比です。

バロック時代のサロンを想像してみましょう。
あの軽くはなさそうな宮廷の衣装で、アップテンポで踊ってばかりでは、息があがってしまいます。しかし、遅い楽曲ばかりでは場が盛り上がりません。

踊りをほどよく楽しむために、緩急をつけたところから、舞曲の組曲にはテンポの対比が生まれてきたと考えられます。この組曲でサラバンドを遅く演奏するのも、テンポに対比をもたせるからです。

「長音階/短音階」の対比もあります。

『ホルベアの時代から』全体はト長調です。グリーグは4曲目のエアー(Air)だけをト短調にしています(理由は後述します)。

また、フィナーレのリゴードン(Rigaudon)の中間部は、バロック音楽時代のスタイルにのっとって、ト短調になっています。

ロマン派のスタイルはどこにある?

おもに、強弱のつけ方にあります。グリーグはこの楽曲で、バロック音楽が苦手としていたcresc.やdecresc.を、存分に使っています。ffやppもたびたび出てきます。

バロック音楽よりも、表情の豊かな表現が行われます。しかも、moltoをつけている場合もあります。

また、楽曲の最後でテンポをゆるめることはバロック音楽でもありましたが、グリーグは、すでにこの楽曲は「記念の楽曲だから踊られるものではない」と判断して、この楽曲は途中でテンポをゆるめる個所がいくつかあります(該当個所は後述)。

各楽曲の弾き方のコツ

プレリュード(Praeludium)



A-A-B-A’の構成です。人気のある楽曲で、特にピアノにおいては、単独で演奏されることが多くなっています。

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Aの第1モチーフでは、弦楽合奏の第1ヴァイオリンが担当する、右手の分散和音のいわゆる「旋律」にあたるものを、右手の小指で弾かなければなりません。しかも拍の頭ではありませんので、鍛えていない人はしっかり鍛えましょう。

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第2モチーフは左手が主導権をもって、右手の上と下を動き回るので、右手は控えめにするとよいでしょう。旋律を大事にするのはよいと思いますが、その一方で左手が低音域に行ったときに(ヘ音記号のあとの音)雑になりがちなことには注意しなければいけません。

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Bはひとつの分散和音を両手で分けて担当します。これはどちらかというと、ピアノらしいパターンだと思われますが、ひとつの鍵盤を左手から右手に渡して連打するのは見かけよりむずかしいと思います。

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そして、Bの最後の小節に、4分の4なのに、16分音符が27個入っています。これは、素直に弾くに限ります。

実際、バロック時代の楽譜には、初期には小節線がなかったものもありました。そして、グリーグ自身がこの下降音階をきちんと弾いてほしいと願って書いたものでもあります。

4分の4の中に収めるのがベストですが、ここはテンポがゆっくりになってもいいから、これらの音を落とさずに弾くことが大切です。指使いも細かく記入されているので、上手に活用しましょう(楽譜はPeters版です)。

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終盤のA’に、両手で一気に重要な役をこなさなければいけない部分があります。
弦楽合奏版で言えば、右手が旋律担当、左手が伴奏部分になります。低音部をペダルで伸ばしているのもわずかな時間で、大きな音程をともなったアルペジオが出ています。このアルペジオは一気に花開くようなイメージで弾きたいところです。

サラバンド(Sarabande)



楽曲の構成は(A-B-A)×2。ここで、初めて数字のテンポ指定が出てきました。ゆっくりとした曲調でespressivoです。奏者の方、指導者の方のお考えもあるかと思いますが、過剰に表情をつけないほうが舞曲らしいのではないでしょうか。

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この曲のむずかしいところは、右手で2パート、左手で2パートをそれぞれ担当し、かつそのいずれもが旋律的な動きをすることです。右手の十六分音符に装飾音がついている部分は動かしにくい薬指と小指で担当するので、注意が必要です。左手と右手のかけあいもあります。さきに述べた「テンポを少し落として(piu mosso)」が出てくるのはこの曲です。

(動画1:50~)

エンディングの部分です。4つの声部がそれぞれに自分の役割を演じているといえる部分です。
Meno mossoやMolto cresc.も出てきます。指示のある部分に関しては、思い切ってテンポや強弱を変えていくとよいでしょう。

ガヴォット(Gavotte)



構成は(A-B-A-C-A)(D×2-E×2-D)(A-B-A-C-A)ですが、それぞれは短いので、重く考えないようにしましょう。

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2拍子の舞曲の代表格ともいえるガヴォット。初心者向けの楽曲も多く創作されています。実際のガヴォットのダンスはこんな感じです。



あまり楽曲の解釈については悩まないと思います。ありがちなのは、4拍子にとってしまうことですが、楽譜についているスラー通りに弾けば(重要です!)、2拍子のガヴォットのスタイルになってくれます。

八分音符に装飾音がついている部分はよく弾き込んで、よろけてしまわないようにしましょう。

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中間部には、18世紀のフランスで好まれ、クープラン、バッハなどの鍵盤楽器の楽曲に使われた「ミュゼット」という小さな楽曲をはさんでいます。バグパイプの民謡を模倣したものです。

(動画2:29~)

エンディングです。「ダイナミクスの変化の幅が大きく、しかも少しずつ」という、バロック時代にはなかった要素をきちんと弾き込むと、ロマン派の音楽らしさが生きてきます。ここは2回繰り返される、しかも曲の終わりになる部分なので、2回目には変化を大きくつけたほうが、「終わり」の感じが出ます。

盛り上がる場所で、オクターブの和音が多く使われているところは少しむずかしいです。注意しましょう。

エアー(Air)



音楽用語ではAirは「歌曲」の意味になります。テンポはゆっくりです。Religioso(宗教的に)という指示があるので、この楽曲は、ホルベアに対しての鎮魂歌と考えられます。組曲で唯一の短調の楽曲です。

たとえはあまりよくないかもしれませんが、お葬式のお焼香のバックに流れる音楽のような、誰にでも訪れる哀しみのイメージがあります。

(動画0:02~)

「歌曲」の割に楽譜が細かいのは装飾音をすべて楽譜に書いているからで、旋律を大きくとらえる必要があります。装飾音にあたるところも同じように弾いてしまうと、「木を見て森を見ず」な演奏になってしまうので、あまり好ましくありません。

で囲んだ部分が旋律線になりますので、これらの音を装飾音に埋もれさせないように弾きましょう。

(動画1:15~)

楽曲の最初のモチーフと同じ旋律ですが、右手が伴奏の和音にも参加しています。譜面上では理解しやすいのですが、実際に弾いてみると、右手の旋律を立てるのが思いのほかむずかしいですね。

(動画2:10~)

このようなかけあいも出てきます。

「ピアノで歌う」ことをあらゆる音域でやっていかなければいけません。「むずかしいけれど勉強になる」曲です。

リゴードン(Rigaudon)



(動画0:02~)

2分の2拍子、この組曲の中で、いちばんピアノらしい印象を与える楽曲です。
構成は(A×2-B×2-C-A-B)Cです。「いきいきと」の特徴は最後までキープしましょう。
かけあいも出てきますので、楽しんで弾きましょう。

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Cの部分です。このような「トリオ」と呼ばれる中間部ですが、ト長調からト短調に転調します。これはバロック時代に盛んに使われた、楽曲中で対比をつくる手法です。

Tranquilloの指示が出ているので、少し落ちついた感じの部分になります。トリオをはさんで、また楽章の先頭にもどって終わりになります。

(動画1:57~)

この部分は、全曲をしめくくるところなので、2回目でFineになる部分は少しテンポをゆるめてもよいかもしれません。オクターブはぜひ決めましょう。歌舞伎にたとえると、見得を切る部分ですね。


わかりやすい楽曲構成も、手や指の訓練を求められる難易度

楽譜を見ると、理解しやすく、イメージもわきやすい楽曲です。ということで、一応中級者向きとするのが妥当でしょう。これ以上に難易度の高い、形而上学的楽曲は、まだまだ他にもあります。バロック時代の舞曲は優雅で可愛くて、表情をつけやすいので、若い人にとっては弾きたい楽曲だと思います。

手や指の訓練をおろそかにしてきたアマチュアピアニストにとっては、壁を感じる作品だと思います。手の小さい人もオクターブには苦労するかもしれません。

あくまで主観ですが、いちばんむずかしいのは「Air」です。長大な楽曲ではありませんが、ヘタだと全く間がもちません。

その次は「Prelude」がむずかしいと思います。分散和音の指がバランスよく回るようになるまで、時間がかかると思います。

次に「Gavotte」「Rigaudon」が同じくらいの難易度です。構成がはっきりしているので、練習していて、目標が見えやすいと思います。どちらも、オクターブの和音をきちんと弾けるようになる必要があります。

「Sarabande」がいちばん簡単というのはおこがましいですが、旋律がとてもシンプルなのと、テンポが遅い分、練習を気楽に進めていけると感じます。


弦楽合奏を聴いて、弾いてみようと思った人にとっては、歯がゆさを感じる組曲です。「あの軽快な感じが出ない…」「あの和音の粛々とした感じが出ない…」と悩むこともあるでしょう。

全曲を通じて出てくる8度(オクターブ)の和音。これは弦楽合奏で複数の楽器に割り振ったほうが絶対しっかりと聴こえるに違いありません。3声の旋律を持つ曲は、当然3パートにふればきちんとできます。低音部をしっかり支えてくれるコントラバスも強力です。

この楽曲は、もしかすると、グリーグが、祝祭では自分でかっこよく弾くためにピアノ版で作曲して、のちの編曲ありき、で書かれた可能性もあります。

しかし、グリーグのピアノへの理解と愛情は、伝わってきます。

弦楽合奏版を聴いて、へこみそうになる「Prelude」ですが、グリーグもピアノ譜のほうには「Allegro vivace」としか書いていません。あの『ピアノ協奏曲』のイントロさながらに、ピアノ奏者にまかせてくれています。

程度の問題はありますが、今、あなたのできる「Allegro vivace」を、疾走感をもたせて仕上げればいいのです。

ピアニストはひとりで表現する、ということをわかっていて余裕をもたせてくれているのです。

あの27個の16分音符も、さすが「北欧のショパン」のなせる技です。

まとめ

自分ひとりだけで、さまざまな音楽の世界を作れる楽器の最有力候補がピアノです。
出せる音域が広いし、一度にたくさんの音が出てしまうことで、かえって苦労することもたくさんあります。

しかし、それがピアノを弾く大きな楽しみにつながっていきます。この苦労を乗り越えていく楽しみも、一生ものなのです。この「一生ものの楽しみ」を教えてくれる作曲家のひとりが、グリーグであると思います。


1.バロック時代の音楽の特徴、舞曲のスタイルは可能な限り守りましょう。
2.グリーグが楽譜で指示したロマン派ならではの特徴は、楽譜通り弾きましょう。
3.楽譜を読む時点ではイメージをもちやすいけれど、弾くのは意外にむずかしいので、あきらめずに練習しましょう。
4.1つの組曲で、バロックとロマン派、二つの時代の音楽を勉強できる名曲です。


The picture of cembalo By Frinck51 (Own Work,) [GFDL or CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons.

「ホルベアの時代から」の無料楽譜
  • IMSLP(楽譜リンク
    本記事はこの楽譜を用いて作成しました。1907年にペータース社から出版された楽譜です。