クラシック音楽に全く興味のない人でも、誰か知っている作曲家は?と聞けば、ベートーヴェンの名前を一番に挙げる人が多いのではないでしょうか。世界中の誰もが知っている超有名作曲家ですね。ベートーヴェンは9曲の素晴らしい交響曲を残していますが、あなたにとって、その中で最高傑作といえば何番でしょうか?

ハイドンの流れを受け継ぎつつ、大衆的な親しみやすい旋律にあふれた1番。そこからさらに躍動が溢れるリズム感と烈しさを加えて進化した2番。そして曲想、自由度、楽器の使用法まで、3番交響曲で一気に飛躍します。またベートーヴェンの得意とする変奏曲など、たくさんの聴きどころが散りばめられています。

そして何より欠かせないエピソードとして、あの有名なナポレオン・ボナパルトとの関わりがあること、それに加えて「英雄」という標題。まさにカッコいいことづくめの交響曲です。

ベートーヴェンの大傑作であり、後世の交響曲に大きな影響を与えたこの曲は、後のドイツ作曲家達にとって、様々な意味で源流となっている交響曲でもあると私は思っています。

人類を代表する英雄のひとりナポレオンと、音楽を代表する楽聖ベートーヴェン。その2人の関係とは?そしてベートーヴェン自身が最高傑作と称した交響曲第3番。その「英雄」の意味とは?

今回もオーケストラ、トランペット席から、ナチュラルトランペットでの演奏も含めてご紹介しましょう。

「ナポレオン」交響曲

フランス革命までのヨーロッパは王侯貴族や教会が国民を支配し、庶民は自由の少ない生活を強いられて来ました。

教科書に掲載されることがある絵(落書きはいけませんョ)。貴族や教会は税金を免除され、農民などの庶民ばかり大きな負担が課せられた。



それを国民の手に、自分たち自身の政治や生活を王侯貴族や教会から取り戻し、新たに築き上げようと立ち上がったナポレオンは、ベートーヴェンにとっても絶大な尊敬の対象でした。ベートーヴェンの曲の中にも、「自分の意思の力で人生を切り開く」という考え方が表れている曲が多いですね。

その偉大な英雄ナポレオンに献呈すべく作曲されたのがこの第3番交響曲です。曲名も最初は「ナポレオン交響曲」として1804年に完成しました。ベートーヴェンこの時34歳。まだまだ若手の作曲家でした。

この時のベートーヴェン34歳



しかし、曲が完成した同じ年の1804年、民衆の味方だったはずのナポレオンが自らの意思でフランスの皇帝の座に即位します(独裁の為というより民主主義の政権を固める為の即位といわれています)。

この曲を献呈するはずだったベートーヴェンはその事に怒り、楽譜の表紙を破り捨て献呈を取り止めた、というエピソードが有名ですね。

ところが実際に残っている楽譜は全く破られていません。そのかわり表紙に書かれた「ボナパルト」という文字が、紙が破れそうになるくらいペンでグチャグチャに消されています。

「ナポレオンに失望した怒れるベートーヴェンがライオンのごとく髪を振り乱し表紙を破った…」

創作だったとしても、そのほうがエピソードとしては面白いかもしれませんね。このころのベートーヴェンはまだボサボサ髪ではなくビシっとしたイケメンでしたが・・・・

実際に残っている楽譜の表紙。題名はSinfonia grandeと書かれており、その右下がペンで消されている。そして後に「ある英雄の思い出に」と書き足されているが、これはナポレオンのことではなく、初演の2年後に若くして戦死したプロイセン王子ルイ・フェルディナントのことではないかと言われている。




いずれにしてもナポレオンへの献呈は取りやめになり、最終的にはベートーヴェンの最大の支持者であり、音楽活動の資金を提供するなどの大きな貢献をしたロプコヴィッツ公爵へ献呈となりました。初演の会場もロプコヴィッツが自らの邸宅を提供し、そこで非公式の形で初演されたのです。

 


ホルンとトランペットのみ初演当時の楽器を使用しています。アンドレス・オロスコ=エストラーダとフランクフルト放送響。このコンビの演奏は素晴らしいものばかりです!



それではこの名曲を解説しましょう!

結局どんな経緯をたどったにせよ、この曲は「ナポレオン」を想定して書かれたことには変わりはありません。これはベートーヴェンの作品の中でも代表的な作品というだけでなく、これまでのヨーロッパ音楽にない斬新な手法が使われています。

演奏時間も規模が大きく、1楽章で約16分(提示部を繰り返すと19分近く)、2楽章も16分くらい。3楽章で6分ほど、4楽章で12分と、古典派交響曲としては長編です。1、2楽章に重点が置かれ、この2つの楽章だけでも30分近くかかります。

あの楽器が全てを決める!partⅡホルン大活躍


以前ご紹介した交響曲4番と双璧をなす曲です。4番はファゴットが特に目立つ曲でしたが、同時期に作られたこの3番は、ホルンが大活躍します。

ただ目立つというだけでなく、ホルンという楽器そのものの特徴を決定付けたと言ってもいいでしょう。それは現代の音楽シーンにも大きな影響を与えたと言っても過言ではありません。

たとえば、後ほど説明しますが、1楽章再現部付近のソロ。ベートーヴェンのちょっとしたイタズラが仕掛けられています(動画10:07~)。2楽章でのユニゾン(何本かで同じ旋律を演奏する)の雄大さ(24:38~)、3楽章のナチュラルホルンの音色を活かした狩の合図のようなアンサンブル(34:36~)、そして4楽章の力強い盛り上がりと疾走感(48:28~)

「英雄」の表題にふさわしい大曲です。

第1楽章・おっとっと!ホルンさん。

特にこの1楽章にこの曲のエッセンスがギッシリ盛り込まれています。

いきなり前奏なしの全合奏で2発の主和音、ジャン!ジャン!で始まります(0:21)。「いきなり曲が終わった!?」と私は初めて聴いた時、勘違いしていまいました…すぐに疾走感あふれる第2ヴァイオリンによる刻みの伴奏に、低音弦楽器で最初の第1主題が奏されます。


この刻みの伴奏と旋律を合わせるのが意外と難しく、最初の出だしだけに、非常に大切な部分です。最初からズレたりしたらもう大変…ここの部分を何度も練習する楽団も多いのではないでしょうか。

この一番最初の出だしが難しい



この主題が第1楽章のメインの旋律となり、様々な楽器で展開されます。

第2主題はメロディというよりは短い音形が様々な楽器で交互に巧みに繋がります(1:47~)。この点はベートーヴェンの得意とする手法です。

この1楽章は3/4拍子の曲ですが、途中で強引に一拍おきに非常に強い不協和音のアクセントが付き(2:37~)、まるで2拍子の曲の様に聞こえます。この、3拍子の曲をまるで2拍子の曲のように聴かせる手法を「ヘミオラ」といいます。

この変則的で強引なリズム感は当時の人々にとっては衝撃的だったでしょう。

これを聴いて某曲の様に興奮して暴れ出した人はいなかったようだ。多分。


「ヘミオラ」はロマン派の作曲家、とくにブラームスがよく使う作曲技術です。そのヘミオラをトコトンまで多用したのがストラヴィンスキーの「春の祭典」です。当時初演を聴いた人達も、衝撃を受けたかもしれませんね。

展開部を経て再現部の直前。弦楽器の小さな刻みで、まるで霧の中にいる様な雰囲気になります(9:54~)。ここから、以前交響曲4番を紹介した時に説明した、ベートーヴェンお得意の「個性的な再現部の開始」が始まります。

この3番交響曲では、ベートーヴェンはちょっとしたイタズラを仕掛けます。

再現部の少し手前、弦楽器の静かな刻みの中、突然一本のホルンが寝ぼけたような音で第1主題を吹き始めます(10:07~)。おや?1小節間フライングして早く吹き出してしまったのかな?もちろん調性も違います。そしてすぐさま慌てた様に、全合奏が調性を立て直し、再現部が始まります。



まるで兵隊達が皆ぐっすり眠っている中、時間を間違えたラッパ手が寝ぼけて起床ラッパを吹く。それを聞いた皆が「敵襲か?!」とビックリして起きだす。そんな光景が目に浮かぶようです。

すぐに冒頭のように底弦楽器で第1主題が演奏されますが(10:12~)すぐにホルンに受け継がれます。

先程は寝ぼけたような音のホルン。今度は非常に綺麗な高音域で、朗々と第1主題を吹きます(10:22~)。ホルン、名誉挽回です。

最高傑作のコーダ

ここから大規模なコーダが始まります(14:23~)。1楽章の終わりに向かってグイグイ盛り上がっていきます。聴きどころも盛りだくさん。この部分だけでも9曲の交響曲の中で特に充実した内容となっています。

ホルンの華麗な第一主題を皮切りに、騎兵達が勇敢に突き進むような弦楽器の刻み。

そのあと夜明けを思わせる3本のホルンの綺麗なアンサンブル(14:32~)。この箇所はまるでワーグナーを彷彿とさせます。

そして遠くから次第に近づいてくるトランペットの3連符進軍ファンファーレ(14:38)

そしてついに第1主題がトランペットによって盛大に鳴り響きます。(14:47~トランペットは旋律を最後まで演奏しません。詳しくは後ほど説明します。)

第1主題


うねるような力強い弦楽器を経て、三拍子の力強い足取りで(15:19~)、「英雄的な」長大な1楽章の締めくくりです。

ラッパ手が撃たれたッ?!かまわん進め!

本来ここでトランペットが第1主題のテーマを高らかに吹くのが曲の流れからしても自然で、良い演奏効果になるはずですが、ベートーヴェンは旋律を途中で止めさせて、急に伴奏にまわしています。


大声で突撃命令を出した指揮官(トランペット)が、最後まで言い終える前に、敵弾に撃たれ絶命。でもまわりの兵はそれを尻目に進軍を進める。そんな光景が見えなくもありません。

指揮者アーノンクールはこれを「英雄の失墜」であり、それは2楽章の葬送に続くものだ、としています。

かつては、この箇所でトランペットの旋律を最後まで演奏させるスタイルが主流でした。その先駆けは19世紀の最大の指揮者の一人、ハンス・フォン・ビューローです。ブラームスの交響曲1番を「ベートーヴェンの第10番交響曲」と呼んだり、ベートーヴェンの7番交響曲を「リズムの神格化」と呼んだり、またバッハ、ベートーヴェン、ブラームスを「ドイツ3B」と呼んだ人物で有名です。

トランペットに旋律を吹かせるキッカケとなったハンス・フォン・ビューロー(1830~1894)初の専業指揮者



近年、作曲者の意図を忠実に再現するという演奏が主流となっていますので、最近の演奏では現代楽器であってもトランペットの旋律を最後まで吹かせない演奏が多いです。

ナチュラルトランペットの魅力PartⅡ・ベートーヴェン編

ロプコヴィッツ公爵(1772~1816)ベートーヴェンの芸術を広く世に広めようと、資金援助をしたり演奏会等で作品を取り上げるよう尽力したりした。またハイドンの活動も援助した。



なぜベートーヴェンはトランペットの旋律を途中で伴奏にしたのでしょうか?ちょうど現代楽器とナチュラルトランペット、両方で演奏する機会がありましたので、その違いをご紹介しましょう。

初演はロプコヴィッツ公爵というベートーヴェンの支持者である人物の邸宅で、非公式の形で行われています。演奏楽団は全く名のない、ある城塞の付属楽団で、演奏技術も決して高いものではなかったようです。

その楽団のトランペット奏者が、その高い音域(実音の高いB♭)をシッカリと吹くことが難しかったためこのような楽譜になったのではないか、と私は演奏をしてみて感じました。それだけ当時のピストンのないトランペットでの演奏は難しいものでした。

しかしこの音域を出すことは決して不可能ではありません。現にモーツァルトの交響曲39番などでもこの音域がたくさん出てきます。


動画(14:47~ちょっとわかりにくいですが)での演奏と、後ほど紹介するパーヴォ・ヤルヴィ等は最初の1フレーズのみは旋律を吹いています。これが一番自然で理想的な演奏ではないかと思います


ナチュラルトランペットは唇のみで音を変える奏法ですが、音が高くなる(倍音が高くなる)ほど管が非常に長いため、音色音程が不安定になってきます。現代の楽器ではそれをコントロール出来るように改良されています。

そのためベートーヴェンは当時の楽器での、不安定な高い音を使いたくなかったことも理由ではないか、とも思われます。たしかに、この最高音、E♭管での「ソ」の音はナチュラルトランペットでは特に出しにくく、音程も不安定になる音です。

あるいは単純にベートーヴェン自身、当時発展途中であった各楽器の機能を充分に把握できておらず(こう言うとお叱りを受けるかもしれませんが)、旋律と和音のバランスを「各楽器の音量」よりも、純粋に「奏者の数」で和音を振り分けた結果このようになったのかもしれません。

第九交響曲の合唱パートやオペラ「フィデリオ」などでも似たような不自然なフレーズがあったりしますので…

奏法のコツ

現代のロータリートランペット等で演奏するならば、所々で他の楽器との音量バランスを考えて演奏すればむしろ楽しみながら演奏できる曲です。しかしナチュラルトランペットの場合、そう簡単にはいきません。

調性はE♭。その音が出る管長の管を楽器に差し込んで使います。2楽章のみC管に替えます。

ナチュラルトランペット。曲の調によって管を入れ替えて演奏する。左がE♭管、管を巻いて少し長くなっている右がC管。



音量は、モーツァルト同様弦楽器などに気を使って小さく吹く必要はありません。ただ、スフォルッァンド(sf)の強弱記号はかなりハッキリとした鋭い音を出さないと、本当に周りの楽器にかき消されてしまいます。

そして問題の途中で無くなる旋律は、むしろ遠慮なく思いっきり楽譜通りに吹いてちょうどいいくらい。伴奏に変わった時に刻みをハッキリ発音することが大切です。


音を外しやすく、演奏が難しいナチュラルトランペットですが、現代楽器では得られない本当のベートーヴェンの音色を聴かせることができます。

2楽章(16:13~)英雄は死んだ?ホルンのパワー

普通、古典派交響曲の2楽章は緩徐楽章、つまりゆっくり穏やか癒し系の曲が置かれますが、なんとこの曲では「葬送行進曲」となります。勇壮な1楽章とはあまりにも対照的です。ナポレオンに献呈するはずの曲なのに、縁起でもないお葬式の曲です・・・もちろん交響曲に「葬送行進曲」が使われるのはこの曲が初めてです。

引きずるような足音が聞こえてきような曲ですが、所々日が差してくるような救いの響きも聴こえてきます。

途中のトランペットによるファンファーレ(22:20~)


このファンファーレの「ミ」の音は倍音の中にないため理論上は演奏不可能です。しかしこの音域だと意外と簡単に、唇の力の調整でこの「ミ」が出せます。


そしてここでもホルンが斬新な使われ方をします(24:38~)。3本のホルンによる旋律ですが、同じ旋律、音を3本同時に演奏すると非常に雄大な響きになります。これはたとえば、SF映画の音楽などで宇宙や大自然など、壮大でパワフルな雰囲気を表現するのにホルンが高らかに演奏されますね。

ホルンという楽器は、ベルが後ろを向いていて音を反射させるように響かせるので、わずか3本のホルンでさえこれほどの響きがするのです。

このホルンの雄大な響きなどは後のワーグナーやマーラー、R・シュトラウス等の音楽に多くの影響を与えました。

本来この交響曲第3番は「運命」や「田園」のような表題は付いていないので物語性はないのですが、この2楽章は「誰かの葬送」という点でストーリーがあるといえます。

そして特に特徴的なのは、最後の締めの終わり方(31:10)。まるでため息のように、人が最後に息を引き取るかのような終結をします。


3楽章(32:02~)ナチュラルホルンの魅力!

弦楽器の3ビートのリズムから始まります。この楽章もこれまでにない力強い田舎の踊りを思わせるリズミカルなスケルツォです。

そして中間部のトリオで、またまたホルン隊の見せ場があります(34:36~)

まるで中世ヨーロッパの森での狩猟ホルンのような、リズミカルで楽しいアンサンブルです。3本のホルンそれぞれが華麗な動きをします。どこかウェーバーの曲を思わせるホルンアンサンブルです。

動画ではナチュラルホルンを使用していますが、よく見ていただくと音を変える時、唇だけでなくベルに左手を突っ込んだりして音を変えているのが見えると思います。

これはストップ奏法(ゲシュトップ)といって、現代ではピストンやロータリーなどのバルブ機構で簡単に音を変えられますが、ナチュラルホルンでは補助的に手でベルを塞いだりして音を変えます。(現代楽器のゲシュトップは音色の変化に用いられることが多いです)

確かに現代の楽器で演奏してしまえば簡単ですが、このナチュラルホルンによるストップ奏法は緊張感のある力強いメリハリのある音がします。

これが現代の楽器にはないナチュラルホルンの魅力でもあり、ベートーヴェンはその音を想定して、このホルンの見せ場を書いたのでしょう。

先ほどベートーヴェンは当時の楽器の機能を把握しきれていなかったのでは?と申しましたが、当時のナチュラルホルンについては非常に熟知していたようです。他の「運命」「田園」7,8番、第九交響曲等では自然で効果的なホルンが書かれています。

そして、踊りはまだまだ続く様な、どこかそんな雰囲気を残しながらも力強く締めます。

4楽章(37:57~)ベートーヴェンの腕の見せ所。「プロメテウスの創造物」の変奏曲

前楽章の勢いをそのままに、3楽章で踊っていた人々に突然集合命令をかける様な慌ただしい前奏!静粛を促す信号ラッパ!「全員整列ッ!」

そして静かに最終章の始まりです。


最後を締める楽章はベートーヴェンの得意とする「変奏曲」です。そして、本人の作品の中でもお気に入りだったバレエ音楽「プロメテウスの創造物」の最終曲を題材にしています。

この4楽章もどこか大衆向けの親しみやすい、しかも最後は圧倒的な盛り上がりを見せる名曲です。

まず弦楽器によるピチカートで主題となる旋律が提示されます(38:09)。この手法はブラームスも自身の交響曲第4番4楽章で使用しています。

ここからテーマが現れ(38:40~)、次々と巧みに変奏されていきます。そしてさらにフーガ(40:23~)。次々に展開されてゆく様はベートーヴェンならではです。


そして途中でフルートの速いパッセージソロ(41:27~)。私が演奏した時のフルート奏者はここのソロの指が中々回らず一生懸命練習していたのを覚えています。

その後田舎の農民達の踊りのような旋律が展開されていきます。

(42:28)で再びテーマが仕切り直しされ、再び変奏曲がめくるめく繰り広げられます。

そして、ここで一旦一区切り。ゆったりとした曲想に(43:54~)。ここからオーボエを筆頭に木管を中心にゆったりと、そして次第に雄大な歩みで盛り上がっていきます。

再びホルンのユニゾンによる力強い旋律が奏されます(45:51~)。ベートーヴェンらしい雄大な賛歌!

それが終わると段々と内省的に静かに…

そして急に爆発的に最後のクライマックス(48:28~)!ここから各楽器4連符の嵐です。ホルンの激しい4連符の嵐(48:42)!そしてその4連符はトランペットに受けがれ(48:56)、さらにティンパニの強打(48:57~)!最後は全合奏の堂々たる上昇音階の後ビシッと終結。

これが英雄的な交響曲と言わんばかりに!

名盤

多くの盤の中から素晴らしい演奏をチョイス!大きく分けて2種類の盤があります。

① 1楽章の後半、トランペットが旋律を最後まで吹く。

② ベートーヴェンの意図通りにトランペットは途中で刻みの伴奏を吹く。

どちらも魅力的ですが、いずれも刻みの伴奏はシッカリと聴き手に聴かせることが大切です。

トランペットが旋律を吹かないバージョン

○ニコラウス・アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団
ベートーヴェン:交響曲第3番

作曲者の意図を重視し、楽譜通りに演奏する事を最初に実現した指揮者です。「1楽章のトランペットは英雄が撃たれて死んだ事を示し、それは2楽章の葬送行進曲に続く」とアーノンクールは述べています。

それだけに演奏は大変素晴らしいものです。トランペットとホルンのみピストン無しのナチュラル楽器での演奏ですが、盛り上がりの音のメリハリ、葬送行進曲の厳粛さと美しさと雄大さ。このスタイルの演奏としてはベストの演奏ではないでしょうか。


○ギュンター・ヴァント/ベルリンフィル
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

ブルックナーを得意とするヴァントがベルリンフィルを指揮した盤です。楽譜に忠実な指揮者ですが、その忠実さとは「楽譜通り」なのではなく、楽譜の音をありのまま自然に演奏させる事です。それがこの指揮者の魅力でもあります。

現代の楽器を使用しながらも、トランペットは旋律を吹かない盤は他にもありますが、このヴァントの演奏はあくまでも自然な音。各楽器の音が明確に聞こえてきます。もちろん音をミキシングして、音量のバランスを編集したりはしていません。

モダン楽器の機構を充分活かしながらもベートーヴェンの意図も重視している非常に良い演奏です。


○ハーヴォ・ヤルヴィ/ドイツカンマーフィルハーモニーブレーメン
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」&第8番

古楽器風の演奏で、一つ一つの音をクッキリさせている良い演奏です。

この盤だけ1楽章のトランペットは最初の1フレーズだけ旋律を吹いています。最大限ナチュラルトランペットで吹ける音です。

この盤の特に素晴らしい所は3楽章のホルントリオ。ここだけでも聴く価値充分ありです。

トランペットが最後まで旋律を吹くバージョン

現代楽器を駆使したパワフルな演奏を3点ご紹介!


○ウィルヘルム・フルトヴェングラー/ウィーフィル
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」《クラシック・マスターズ 》

モノラル録音で音は近年のCDに比べ劣るものの、やはり演奏が非常に素晴らしいので今回もフルトヴェングラーをご紹介しましょう

全体的にゆったりとしたテンポです。2楽章の深さと、特に4楽章ラストのホルン4連符の嵐!圧倒的です。バリバリと吹いています。この曲の熱気が伝わる演奏です。


○ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリンフィル
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」&第8番

カラヤンはベートーヴェンの交響曲全集を何度か録音しています。どれもオーケストラ機能を存分に活かした素晴らしい演奏です。

この曲は1,2楽章が長いので、演奏する方も聴く方もモタレ気味になりがちです。カラヤンはキビキビとしたテンポですが、伴奏の刻みなど、ぬかりのない立派な演奏です。

この颯爽とした曲作りに賛否両論あり、かつては私も苦手でしたが、ベートーヴェンの意図と曲の特徴がわかるにつれてカラヤンの魅力も理解できました。


○コリン・デイヴィスまたはヘルベルト・ブロムシュテット/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
ベートーヴェン:交響曲第3番

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

この曲はとにかくホルンが活躍する曲です。柔らかい音色、時には力強いホルンを聴きたければドレスデンのホルン奏者、ペーター・ダムの音が聴けるこの盤をオススメです。独特な音色とビブラートですぐにペーター・ダムとわかります!

コリン・デイヴィスとブロムシュテットどちらも素晴らしい音楽作りで、ドレスデンオケを堪能できます。

最強の英雄「ナポレオン・ボナパルト」ってどんな人?


もし、人類の歴史の中で最も優れた英雄を一人挙げるとしたら皆さんは誰を選びますか?アレクサンダー大王、チンギスハン、織田信長、劉備玄徳、ヤン・ジシュカ、イチロー、…時代や国によって様々な英雄が挙げられますが、真っ先に名前が浮かぶのは「ナポレオン・ボナパルト(1769〜1821)」ではないでしょうか。

ナポレオンのことを説明するにはまず「フランス革命」から説明する必要があるでしょう。

10分で分る!かもしれない!!世界史「フランス革命」

ベルサイユのばら(2)

みなさんも歴史の授業で習ったと思いますが、この辺りの流れは複雑で分かりにくかったのではないでしょうか。フランス革命から、このベートーヴェンの3番交響曲完全までの流れを簡単にまとめてみました。

① 1870年代、フランスの財政はアメリカ独立戦争への資金援助や貴族たちの散財等で大赤字。でも貴族や聖職者は免税され、平民ばかりが負担を強いられていた。実際は王様よりも、周りの貴族や聖職者達が贅沢をしていた。ちなみにルイ16世、本当はいい王様。趣味は「鍵作り」。

② そんな中アイスランドにある火山が大噴火。噴煙などで日照不足が続き、小麦が不作になる。国民たちは食糧不足に苦しむ。「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」はこの頃の言葉(実際はマリー・アントワネットの言葉ではないとされている)。

③ 苦しむ国民を救おうとジャック・ネッケルという銀行家が、税金を貴族、聖職者も平等に払うように働きかけ国民に絶大な支持を受ける。

④ ネッケルは議会を開いて多数決で「課税の平等」を可決しようとしても、特権階級層は税金を払いたくないので、のらりくらりと避け最後はマリー・アントワネットらがネッケルをクビ(罷免)にする。ちなみにルイ16世、本当はいい王様。ネッケルの考えに賛成、なんとか平等に課税しようと尽力した。

⑤ 皆の英雄ネッケルがマリー・アントワネットらによりクビになったことで、国民の積もり積もった怒りがついに爆発!市民がバスチーユ牢獄に殺到。「フランス革命」の始まり。

この時民衆は180人近い死傷者を出した反面、守備兵側の死者は指揮官の1名のみ。その指揮官は民衆により惨殺されてしまった。

ルイ16世「これは暴動でおじゃるか!?」

側近「ノン(いいえ)陛下。暴動ではなく『革命』にございます!」

革命なう。牢獄内では囚人達は意外と自由に過ごせた。襲撃時、中には政治犯でない別の罪で7人の老人が収容されていたのみだった。ちなみに、「ドS」のルーツとなったマルキ・ド・サドも革命当日の10日までここに収容されていた。



⑥ 民主主義が他国に広がったらヤバい!王様貴族が贅沢できなくなる…周辺国もフランスへ革命鎮圧に乗り出す(フランスを鎮圧すべく大同盟が組まれる)。その中ルイ16世とアントワネットは周辺国へ情報を流していたとして国民達により処刑される。ちなみにルイ16世、本当はいい王様だった…時代に翻弄された。

その後国内は暴動が相次ぎ、他国からも侵攻されたりと、国内は世紀末的混乱状態。まさに「ヒャッハー」な時代。フランス国内の治安は最悪状態に。


⑦ 「アリの反逆も許さぬ!」ロべスピエールという人物が実権を握り、恐怖政治を敷く。混乱は一応収まったが、反対派の人々等が何千人も処刑される。

ロベスピエール(1758~1794)本当は混乱を収めた優秀な政治家。この時代には強引なやり方も必要だったかもしれない。ちなみに「テロリズム」という言葉はフランス語の恐怖政治が語源。




⑧ 「てめぇに今日を生きる資格はねぇ!!」人々を恐怖に陥れたロべスピエールもついには他の政治家の手により死刑に。

しかしそんな混乱の中でも、他国からの侵攻に決してフランス軍は負けなかった。そう、あの男がいたから。

⑨ 世紀末の覇者(18世紀の)ナポレオンはその圧倒的強さで他国の侵攻を退けるどころか、逆に侵略してゆく。「わたしの辞書には不可能という文字はない」

⑩ 1799年。時は正に世紀末。エジプト遠征から凱旋したナポレオンはフランス政治の実権を握りヨーロッパ中から絶大な支持を受ける。自由主義のベートーヴェンもその一人。「ナポレオンさん、マジリスペクトっす!一曲捧げさせて下さい!」

⑪ 1804年、ナポレオンフランス皇帝に即位。←ベートーヴェン「…」


英雄の代名詞ともいえる「ナポレオン」は人類の歴史の中でもとくに大きな転機を作り上げた人物といえます。それは国も時代も越えて、現代の私達にも影響を与えています。

今でも残るナポレオンの功績

ではナポレオンとは具体的にどれくらい凄いのか?名前はとても有名だけれどその功績は意外と詳しい所まで知られていないかもしれません。

まず現代の私達の身近なものから挙げるとすれば、「缶詰」を普及させたことでしょう。

ほうれん草の缶詰はみたことがない・・・



ナポレオンは戦術の天才であり革新的な戦術でヨーロッパのほぼ全域を支配しました。戦術の上で絶対欠かせないのは、兵士たちの食糧です。ナポレオンはこの物資補給の技術に力をいれ、瓶に食べ物を密封した後に加熱殺菌処理した「瓶詰め」を兵士の食糧としました。保存性がよく携帯できるとしてのちに私達の身近な「缶詰」へと繋がります。


また、私達が常日頃目にする、「白砂糖」が普及したのもナポレオンがキッカケでした。対イギリス対策として、ヨーロッパ大陸を封鎖。結果ヨーロッパ大陸で砂糖が不足しました。結果として甜菜から白い砂糖を製造する技術が盛んになりました。それが世界に広がり現代の私達にも馴染みの深いものとなったのです。

ちなみに日本では北海道が主な産地ですね。

この大根みたいなものから白砂糖ができる



次は車です。ナポレオンは馬車の通行を右側通行に統一し、これも世界に普及しました。(日本とフランスに占領されなかったイギリスでは車は左車線通行です)


そして家族のあり方にも現代に名残が残っているという考え方があります。「男は外で働き、女性は家庭と子供を守る」。現代では共働き、あるいは逆の場合も多いですが、この考え方もこの頃の戦乱から定着したとも言われています。


そして、圧倒的すぎる戦術の強さです。記録に残っているもので41回の戦いで負けたのは3回のみ。

三段構え射撃。織田信長も活用した。


フランス革命により、一般の国民も自分たちの祖国のため、生活のため戦うのでその士気は他国の傭兵軍の比ではありません。それに加えてナポレオン自身の人を惹きつけるカリスマ性も圧倒的でした。

常に一般兵士達とも肩をならべ、身分や生まれも分け隔てなく、気軽に声をかけて士気を奮い立たせていたといわれています。こんな指揮官なら頑張ろうという気持ちになれますね。



戦争のあり方も大きく変貌させました。これまでの戦争の大義名分はあくまでも「領地」などを目的とした、「国家に雇われた兵隊」同士の戦いでした。

しかしナポレオンの戦いは封建制度からの自由を勝ち取るための戦い、つまり「自分の意思を相手に認めさせる」ための戦いとなります。

兵士は国と自由のためなら命を捨てて戦う「志願国民兵」です。その強さはいうまでもありません。

王権を守り、国民を支配したいプロイセンなどの周辺国が同盟を組んで総出でかかっても負けることはなく、逆に瞬く間にヨーロッパのほとんどをナポレオンは占領してしまいます。

しかし「自分の意思を相手に認めさせる」ということは血生臭い戦争にもなります。相手が反撃をしようとする気を起こさなくするまで徹底的に殲滅させる戦い方になります。こういった戦い方は近年の第一次、第二次世界大戦にも表れています。

クラウゼヴィッツが自著「戦争論」で述べていますが、戦争の在り方をもナポレオンは大きく変えたのでした。

ナポレオン法典 支配から脱却

そしてナポレオンの功績で最も大きなものはやはり、「ナポレオン法典」ではないでしょうか。この法律はアメリカを始め、世界中の国々の法律の元となり現代に至っています。もちろん私達日本の憲法の元にもなっています。

現代の私達は、たとえば自分で仕事をして貯金したり、自分の技術や知識を活かして自由にお金を稼ぐことが許されています。また、神社にお参りにいくのも教会にお祈りにいくのも自由です。

こういった今では当たり前の事でもフランス革命以前はそれらの自由は無く、一般庶民の生活のあり方は王様や領主によって決められていました。

ナポレオンはそういった「人は自分の生き方を自分で選べる」ということを法律によって、人類史上初めて実現させました。その恩恵を今の私達も受けているのです。ナポレオンの生まれ故郷であるコルシカ島に足を向けて寝られませんね。

ナポレオンの生まれ故郷、コルシカ島は日本から見てちょうど真西、あるいは地球の裏側。西枕か逆立ちで寝ましょう。



そして、人の人権を実現させるとともに、1000年以上続いてきた神聖ローマ帝国も消滅することとなります。

多くの歴史、かつてチェコのフス戦争でヤン・ジジュカに翻弄されながらも、圧倒的な兵力で制圧した最大の帝国も、人としての自由を求める民衆と1人の英雄によって消滅したのでした。

そしてその男の勢いはとどまること無く、1812年ヨーロッパ史上最大の軍勢を率いて、次なる最強の敵との戦いに臨むのでした。


The picture of road line By Coolcaesar at the English language Wikipedia [GFDL or CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons.
The picture of Corsica island By Koba-chan at Japanese Wikipedia [GFDL], via Wikimedia Commons.