今回ご紹介する作品「白と黒」は、昭和35年の東京にある「日の出団地」で起きた怪奇殺人事件を描いた作品です。田舎の名家や豪奢な邸宅が登場することが多かった横溝作品の中で「団地」って、かなり珍しいシチュエーションですよね。

作品が書かれた当時は、集合住宅の黎明期です。一戸建てではない集合住宅に住まうのが人々のステータスであり、憧れでもありました。作中、「水洗トイレ」や「ダイニングキッチン」、「ダストシュート」といった単語が使われていることから、現代マンションにおとらない設備が整えられていたことが分かります。

一戸建てと集合住宅

あなたがもし「マイホーム」を購入するとしたら、一戸建てを選びますか?それとも集合住宅を選ぶでしょうか?かくいう私は、マンション住まいをしています。管理人さんが常駐しているマンションは、留守がちな世帯に大きな安心をもたらしてくれます。さらに、めんどうなご近所づきあいもほとんどありません。

集合住宅には集合住宅ならではの規律があります。初めから決められているものではなく、自然と生まれる規律です。エントランスやエレベーターなどで挨拶はするけれど、どこの部屋に住んでいるか訊ねることはしません。「密集して住んでいるからこそ、守られなければならないルール」が生まれているのです。

しかし、この独特のルールや価値観は当時まだ生まれていません。現在マンション住まいの人が読んだらちょっと面食らうほどの濃密な人間関係が描かれています。住まいの形状は変われども、住民たちはまだ「昔のまま」。密集せざるを得ない団地で「ムラ社会」のようなものができると・・・いったいどんなことになるでしょうか?

サスペンス作品が好きな方におすすめの作品です!


映画は約2時間という時間の中でぎゅうぎゅうと多くの情報が詰め込まれます。とくに冒頭部分では、これから起きる事件の予兆が描かれたり、もしくは事件が終わったあとの回顧シーンなどが描かれます。このような、作者が投じた意味ありげな「布石」を暴いていく楽しみがありますよね。

ストーリーが進むにつれ、点と点が繋がって1本の線になっていきます。そしてだんだんと「布石」の正体が明らかにされていきます。この「白と黒」は、テンポよく展開していくのが心地よい作品です。映画って気が進まなくても観ているうちにグイグイと引き込まれますが、この作品も同じ、まさに「目が離せなくなる作品」です。

読み応えはバツグン!なにより登場人物が多い!

最近短編集のご紹介が続いておりましたので、今回は久しぶりに長編作品のご紹介となりました。短編作品の良いところは、登場人物が少なくサクサクと読めるところです。しかし短編小説に物足りなさを感じる方もいるようです。横溝作品には魅力ある登場人物が多いので、このような「不足」を感じてしまうのも不思議ではありません。

「白と黒」は、魅力的な人物も登場しますが、それよりも登場人物の数が半端なく多いです。しかもどの人物にも満遍なく陰があり、曰くありげです。新しい人物が登場するたびに横溝から投じられる「布石」。その点と点を繋げていく作業だけでも大変ですが、その分読み応えは十分!まるで長い良質のサスペンス映画を観ているようです。

あらすじ


昭和35年10月東京。金田一耕助は、須藤順子の招きを受け彼女の住む「日の出団地」を訪れた。日の出団地は近年建設が進んでいる5階建てのアパートが密集して並んだ団地である。順子は金田一がかつて通っていたスナックでホステスをしていた。この度順子が金田一を招いたのには明確な理由がある。最近この日の出団地内に出回る怪文書に、団地内の住民が悩まされているという。

怪文書はいずれも「Ladies and Gentlemen」から始まり、雑誌から文字を切りぬいて作られている。他ならぬ順子もこの怪文書によって悩まされている張本人で、夫の達雄に自分の不倫を密告されてしまった。怪文書は、秘密をネタに本人を恐喝するのではなく、知られたくない事実を本人以外の家族や友人に暴露する極めて性質の悪いものであった。

金田一が順子の新婚らしさが漂う部屋で昼食をご馳走になっていると、団地内にパトカーのサイレンの音が響き渡った。団地内のダストシュートで、工事用のタール漬けになった女の変死体が発見されたという。やがて死体は持ち物から、団地の隣で営まれている洋裁店・タンポポのマダムと見られた。その顔は熱いタールで焼かれており、マダムと断定することができなかった。

人々が集い住む、一見平和な団地の中で起きた「顔のない死体」の事件。捜査が進むにつれ、人々の証言から徐々にマダムの人間像が浮かび上がってきた。マダムの顔写真が1枚も発見されないことや、マダムの写真を撮った青年にマダムがひどく激昂したといったエピソードから、金田一は調査の焦点をマダムの「過去」に当て始めた。

当然ながら日の出団地の住民は誰もが疑心暗鬼になっていた。皆がそれぞれ思うがままに、団地内の「誰か」を怪文書の送り主として疑っているのである。互いに向け合う「疑いの目」、己が持っている「秘密」が入り混じり、事件はさらに深く難解になっていく。

「白と黒」という題名の意味


作品の名前に執着するのが私のクセです。「悪魔のホニャララ」「ナニガシカの女」などといった「ザ・探偵小説」的な題名が多い横溝正史作品ですが、「白と黒」はこれまでと毛色の違う名前ですよね。横溝作品に付けられた題名は、横溝からのメッセージでもあります。今回もまた、この題名「白と黒」が事件解決のカギになります。

「白と黒」の言葉は、怪文書に書かれていた言葉です。金田一耕助はこの「白と黒」に終始こだわります。聞き込み調査をするとき、「白と黒、という言葉に聞き覚えはありませんか?」と人々に尋ねます。金田一に質問された人はみな一様に首を傾げ「知らない」と答えます。それもそのはず、「白と黒」とは知る人ぞ知る、いわば「暗号」のようなものだからです。

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「白と黒」の意味を調べてみるのも一興!

「白と黒」言葉のナゾは事件解決と同時に明らかになります。しかし、「なんだ!そういうことだったのか!」というスッキリ感、実はそんなに感じられません。なぜなら、現代では「白と黒」の言葉を「そういう意味で」使うことがほとんどないからです。(金田一耕助も最初はピンときていませんでした。)

昭和30年以前、「白と黒」にはどのような意味が含まれていたのか。あらかじめ調べてから読んでみても面白いかもしれません(※明確な答えが載っているとは限りません)。今回の作品に関しては、色々と言葉の意味を疑いながら事件を考察することで、楽しみの度合いが高まるんじゃないかな、と私は思います。

どこまでも「美貌と謎の女」マダム!


この作品に登場する人物は、いずれもいわくありげです。もっとも陰があるのは洋裁店のマダムではないでしょうか。美しく魅力的なマダムに、日の出団地の男たちは接近しています。タンポポの家主・伊丹や、日の出団地に住む画家・水島も、このマダムとただならぬ接点をもっています。(順子の夫・達雄も、順子が関係を疑ってしまうほどマダムに接近していました。)

マダムに関わる男たちの持つ目的が、恋愛感情によるものか、はたまた別のものなのかは読んでからのお楽しみです。順子が夫を疑ったように、人々はマダムと周辺男性の関係を怪しみます。しかし、物語の最後の最後で、マダムの真実が明らかになります!あらゆる人が抱いていた「疑惑」が180度真逆なものになる、驚きの結末が待っています!

まとめ


「秋深き となりはなにをするひとぞ」という松尾芭蕉の句があります。聞こえてくる隣の人の生活音に対して「物音をたてることなくひっそり暮らす自分の孤独」を謳った句です。現代の集合住宅では「となりはなにを・・・」が、ポジティブな意味で使われることがあります(お隣さんのことを知らないままでいられる快適な環境、ということ)。

現代の日本で、今回のような「顔のない死体」が発見されたら、さすがの名探偵・金田一耕助も相当苦労するのではないでしょうか。同じマンションに住んでいてもほとんど付き合いがないのですから。こんな時、金田一耕介はどのように事件を解決するのか、「平成版の金田一耕助」の姿を読んでみたいものです。


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