9月に入り、朝夕に秋の気配が感じられるようになりました。つい先日までセミが泣き喚いていたというのに、スーパーではサンマが並び始めました。みなさんはこの夏をどのようにお過ごしでしたでしょうか。キャンプや海水浴などのレジャーから、ふるさとへの帰省を兼ねた旅行をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

さて、今回お届けする作品は「霧の山荘」というお話です。「山荘」という言葉のイメージどおり、今回の作品の舞台は「避暑地」です。東京の猛烈な暑さをさけて「K高原にあるPホテル」に避暑にやってきた金田一が事件に巻き込まれる・・・という、毎度おなじみの「巻き込まれパターン」のお話です。

事件が起きたのは昭和3X年の9月とされています。まさに、今の私たちが感じている「特別な初秋の爽やかさ」が、当時のK高原(たぶん軽井沢のことですね。)にも漂っていたことでしょう。爽やかな青空と空気と、陰湿な事件のコントラストを楽しんでいただこうと思い、今回はこの作品をチョイスいたしました。

ホテルでくつろぐ金田一の元に、1人の若い女性が訪れます。この女性、有名探偵金田一耕助がK高原入りしていることを新聞で知って駆けつけた、といいます。いつのまにか金田一さん、行動までも新聞に掲載されるほどの「大人物」になっていたのですね。

女性が訪れた理由は、金田一の熱烈なファンで、握手してほしいから・・・ではありません。
自分の身内が命を狙われているかもしれないという、相談ごとを持ちかけてきたのです。
「迷惑はこうむりたくない」とかいいながら、金田一は結局その相談ごとに乗ることにしました。

あらすじ


昭和3X年9月。金田一耕助はK高原にあるPホテルに静養に訪れていた。東京はまだまだ残暑が厳しいと知り、金田一は帰京を1日また1日、と先延ばしにしていた。ホテルの部屋でのらりくらりと過ごしていると、ホテルのフロントから、来客を告げる電話が入ってきた。

来訪者の名前は江間容子という女性で、地元の新聞で金田一がK高原のPホテルに滞在しているのを聞きつけて参上したと、フロント係を通じて伝えられた。やっかいな事件に巻き込まれるのは迷惑だと思ったものの、門前払いをするのもどうかと考えた金田一は、その女性とホテル内のロビーで面会することにした。

金田一を待っていた江間容子は24、5歳の若い女性であった。金田一が江間に訪問した目的を訊ねると、やはり「事件に関する相談」をするために、わざわざここまでやって来ていた。容子の話をきくうち、どうやら容子は、彼女の伯母から「金田一に相談に乗って欲しい」と伝言を託されている様子であった。

容子から聞かされた、簡単な事件のあらましはこうである。30年前に、伯母は1つの事件に巻き込まれていた。その事件は犯人死亡によって迷宮入りしたはずであった。しかし、伯母は最近「死んだはずの犯人」とばったり出会ってしまったという。犯人が生存していることを知ったことで、自分の身に危険が降りかかることを心配しているようだ、と容子は話した。

容子の伯母というのは、戦前流行したサイレント映画のスター女優・紅葉照子であった。容子は照子にとっては夫の妹の娘、という伯母と姪の関係であった。元女優という身分も手伝ってか、この出来ごとは警察に届けるより先に、名探偵・金田一先生に相談したいというのが照子たっての希望であった。

若い女性に頼まれた断りにくさと、事件そのものに興味を感じている金田一は、容子の依頼を受け、紅葉照子が滞在しているM原の別荘地まで足を運んで話を聞きにいくことにした。

その夜、8時ちょうどにM原の入り口で「迎えのもの」を寄越すと言われて待っていたものの一向に迎えが来ず、しびれを切らした金田一は自力で紅葉照子の別荘地を探して歩くことに決め、M原に足を踏み入れた。

思いのほか広いM原と、夜の闇を包む濃い霧に金田一が心細さを覚え始めたとき、どこからか金田一を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、照子が寄越した「迎えのもの」が遅れて到着したらしい。金田一を迎えたのは、闇の中でもサングラスをかけた、アロハシャツにサンダルを身につけた凄味のある男性であった。

照子の別荘に着いたと同時に、迎えの男は別荘のドアノブを回しながら、中で待っている紅葉照子に金田一が到着したことを告げるが、何度呼んでも返事が一向に返ってこない。ドアをしつこく叩き照子の名を呼び続けていた男の声は、突如震える声に変わった。

男にガラス戸の向こうにかけられたカーテンのすき間から、建物の中を見るよう促された金田一は、部屋の中に置かれた籐の寝椅子にぐったりと横たわる女の姿をみつける。その女の顔は、かつて金田一が映画やテレビで目にしていた女優・紅葉照子が息絶えている姿であった。

警察を呼ぶべく、金田一は迎えの男を電話のある別荘の管理人宅に向かわせたが、男は道端に転がっていた石で足を負傷してしまう。痛みで動けない男のかわりに自分が管理人宅へ出向くしかなくなった金田一は、男を1人残して管理人宅へと急いだ。

管理人宅から戻った金田一を待っていたのは照子の死体ではなく、白髪まじりの老婦人と、けたたましく吠える一匹の犬であった。先ほど死体を載せていた籐の寝椅子の上に死体はなく、老婦人がしていた編み物の材料の入った籠が1つ置かれていた。確かにこの目で見たはずの照子の死体が、煙のように消えてしまったのである。

別荘の中にいた老婦人は照子の姉・房子と名乗った。房子は、自分は今日どこへも出かけず犬を従えて籐の椅子に座って編み物をしていたと語った。姿が見えない照子自身は、現在知人のところへ挨拶に行っており、今夜帰宅する予定だと房子は話した。

金田一を案内しともに照子の死体を目撃した、あのサングラスの男の姿もそこから消えていた。そもそも、そんな風体の男はこのあたりには存在しないと、房子ばかりか管理人までもが証言する。夢でもみたんじゃないか、と逆に房子に不審がられた金田一であった。

「というわけで、警部さん、ぼく、すっかりひっこみがつかなくなっちまったというわけなんです。」東京から金田一を訪ねてきていた等々力警部にぼやく金田一は、帰宅次第電話をかけさせると約束した照子からの電話を待ちながら警部とともに推理を進め始めた。

深夜11時、待ち続けていた電話のベルが鳴った。それは照子からのものではなく、照子の遺体が発見されたことを知らせる、地元K署の捜査主任からの電話であった。

トリックはいたってシンプルですが・・・


別荘地を想像してみてください。木々の中に適当な間隔で建てられた、同じようなデザインの建物が立ち並んでいますよね。(うちの別荘はそんなもんじゃない!という方、大変失礼いたしました。)夜の闇、深い霧、木々の中。どれがどこの建物かなんて、よほどの目印がないと、一見見分けがつきません。

そう、トリック自体はとてもシンプルです。わざわざ書かなくてもいいのかもしれませんが、表札を入れ替えればいいのです。今回使われたメインのトリックは、まさにこれでした。えっ?いきなりネタバレしちゃったじゃないかって?いえいえ、この作品はそういう風に書かれているんです。ご安心下さい!見どころはまさにこれからです!

登場人物は全員怪しい、その中で一番怪しいのは?


シンプルなトリックはとりあえず横に置いておきましょう。文豪・横溝正史がこの作品で描きたかったのはトリックではなく、登場する人物全員がもつ、彼らにまんべんなく漂う「怪しさ」だと思います。

特に、照子の姉・房子は、誰もが真犯人だと疑いの目をむけてしまう、後ろ暗さのある人物に描かれています。女優の妹と対照的な、味も素っ気もない、やせ細った白髪の房子。姉でありながら、照子が現役のときにはマネージャーを務め、その引退後はまるで後見人のように照子に使われてきました。

対して妹の照子は、女優として成功したばかりか、医者と結婚して幸せな暮らしを満喫していました。医者であった夫は脳溢血で急逝したものの、照子の手元には夫から相続した遺産があります。お金など、ややこしいことは姉の房子にまかせっきりで、無邪気に晩年を楽しんでいた照子。やはり照子を妬み、恨んだ房子の仕業にするのがもっとも自然ですよね。

最初に登場した姪・江間容子はどうでしょう。伯母の申し付けを伝えるために、わざわざ遠方のK高原まで金田一を訪ねてくる健気な女性です。彼女は一見、伯母・照子を慕うマジメな若者に見えるのですが、照子が夫から遺産を相続していることからも、容子にも照子殺害の動機がまったくない、とは言えません(法的に相続権があるかは不明ですが)。

そして、姿をくらましたサングラスの男も気になります。仮に、この男と房子が組んだと仮定すれば、死体が消えるというおかしな出来事は現実のものだったと説明できます。しかし、そうだとするとなぜ「あえて死体を見せつける」ような「お芝居みたいなこと」をする必要があったのか、その説明がつかないのです。

見どころは「お芝居みたいなこと」です!


「お芝居みたいなことをする必要があったのか」。前項で書いたこの一文が、この作品の全ての鍵を握っています。コトの起こりは「お芝居」なのです。では、お芝居をしたのは誰でしょうか?そして、お芝居をしよう!と言い出したのは誰でしょうか?さあ、推理してみてください!

1つヒントを出しましょう。あなたは「お芝居」をしよう!ともくろんだことはありますか?
もし、「お芝居をしよう!」ともくろむとしたら、それはどんな時ですか?何かを誤魔化すときですか?それとも誰かを驚かせたい、いわば「サプライズ」をしたいですか?どちらにしても、ちょっとイタズラな、子どもっぽい、無邪気な気持ちじゃないでしょうか?

すべては、誰かさんの「イタズラ心」が巻き起こした事件です。

ネタバレぎりぎりですが、事件の発端は無邪気な「イタズラ心」です。これは作品を読んでいく中で、登場人物の性格を掴むことができれば、このイタズラの発起人が誰なのか、すぐにわかります。しかし、この計画には大きな失敗があります。それは、とんでもない人物をこの計画に参加させてしまったこと。とんでもない人物、それは他ならぬ「金田一耕助」です。

つまり、金田一さえこのイタズラに誘わなければ・・・もしかしたらこんな事件に発展しなかったかもしれないのです。その理由は、彼が天才探偵・金田一耕助だからという理由だけではありません。この事件に隠された何かに気がついたのは、金田一が天才探偵だったからではなく、1人の人間、1人の○○だったからこそ、事件の真相に気がついてしまったのです!

果たしてその○○とは?それは読んでからのお楽しみです。とにかくこの作品は、「犯人が誰かすぐに目星がつく」のが大きな特徴です。だからといって、けっして面白味に欠ける作品ではありません。見どころが物語の後半部分に来る、ちょっとユニークな構成の作品です。

顔を赤らめながら事件の真相を語る金田一。

事件の真相を語る中、金田一はある1つのことを語るとき、ちょっとだけ顔を赤くしました。怒っているのではなく、照れているのです。それは金田一の青春時代の1ページを語っていたときでした。事件の真相に、どうして金田一が顔を赤らめなければならなかったのか、そちらも事件の真相解明に深く関係しています。

その「可愛らしい金田一」の語り口の中からは、一見ゾッとするような、当時から未来の名探偵となるド鋭い感性を備えていたことが垣間見えます。その感性をもって遠い過去に観察していた何かが、30年の時を超えて事件を解決したのです。それは、金田一が1人の○○だったからこそ成しえた、半ば奇跡の探偵手法と言えるでしょう。

まとめ


今回ご紹介した「霧の山荘」は、単行本「悪魔の降誕祭」の中の1作品です。この本には「悪魔の降誕祭」と「女怪」、そして「霧の山荘」がまとめられています。どちらもすでにこちらで紹介した作品ですが、この3作品に共通しているのは「女の浅知恵」という要素です。

3作品の中で「霧の山荘」は、「もっとも地味な作品」だという評価も一部あるものの、最後の最後に「罠」を仕掛けるところなどは、最後になるまで真犯人が分からない、犯人の意図が見えない作品が多い横溝作品の中では、少し珍しいタイプの作品といえるでしょう。

金田一の意外な過去の顔も見ることができ、等々力警部との会話も楽しめる短編ならではの小気味良さが味わえるオススメの作品です。


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