山田耕筰という人を知っていますか?

中学校の教科書では「赤とんぼ」を作曲した作曲家として載っているので、ほとんどの方が作曲家ということは知っていらっしゃると思います。

山田耕筰は「赤とんぼ」や「この道」だけでなく「からたちの花」や「ペチカ」など多くの親しみやすい日本歌曲や童謡を作曲しています。

実は彼は歌曲や童謡だけではなく、それ以外にも様々な種類の曲を書いています。

今回はあまり知られていない山田耕筰という人についてふれながら、「この道」の伴奏の弾き方やコツについて書いていきたいと思います。

山田耕筰ってどんな人?

山田耕筰は1886年(明治19年)に東京の本郷で生まれた作曲家、指揮者です。

彼は4人兄弟の末っ子で、1番上の姉は耕筰のことをとてもかわいがってくれていたそうです。耕筰の父は病気がちだったため生活は楽ではなかったようですが、母は穏やかで辛抱強い人だったので、家族には心の豊かさがありました。

耕筰は小さいころから音楽が大好きで、音にとても敏感な子だったようです。母はクリスチャンで耕筰が6歳ごろには讃美歌を英語で歌っていたそうです。

キリスト教と音楽とは深い結びつきがあるので、耕筰の母は日常的に讃美歌を歌っていたり、そのような場所に行ったりすることが多かったのかもしれません。母からの影響はきっと大きかったでしょうね。

他にも耕筰が音楽を好きだったというこんなエピソードが残っています。

横須賀に住んでいたころ、時々軍楽隊が来ていたそうなのですがその楽隊について行き、帰れなくなってしまったことがあるそうなんです。迷子の耕筰を見かねた兵隊が送ってくれたことがあったそうです。

ついていった後のことなんか考えられないくらい、音楽に夢中だったのでしょうね。

築地にも住んでいたことがあったようなのですが、家の近くに異人館があり、そこで初めてピアノの音を聴いたようです。耕筰はピアノの音に魅了され、いつも聴き入っていたそうです。

この時期は外国人が日本に来るようになり、住む人も少しずつ増えていったころでした。この頃西洋音楽も本格的に日本に入って来ました。

耕筰が10歳のころに父が亡くなります。父が亡くなったということもあり、母は耕筰も働いてもいい頃だとして、彼を教会に預けて働かせることにしました。

耕筰は印刷工場で働きながら勉強するという生活を数年続けましたが、元々体が弱かったため病気になってしまいました。

その後は療養もかねて、1番上の姉がいた岡山へと移ることになりました。姉はイギリス人のガントレットという語学者、音楽家と結婚していました。

耕筰はガントレットから西洋音楽の手ほどきを受け、東京音楽学校(現在の東京藝術大学)を目指すことになるのです。

ここからやっと大好きな音楽の道に進むことになります。

東京音楽学校には従兄弟がすでに入学しており、その従兄弟に受験のための特訓をお願いしていたようです。特訓の成果もあり見事、声楽科に合格しました。

耕筰には父が早くに亡くなるなどの苦労はありましたが、彼の周りには西洋音楽に関わっている人が多くおり、音楽の道に進むのは自然な流れだったのかもしれませんね。

声楽科に入学した耕筰でしたが、彼が本当にやりたいことは作曲でした。東京音楽学校を卒業後は援助を受けドイツに留学し、作曲を学びました。そして日本人初となる交響曲「かちどきと平和」を作曲しました。

耕筰は童謡や歌曲の作曲家として有名ですが、他にも合唱曲や校歌、軍歌などの多くの歌の曲を作曲しています。それだけでなく交響曲やオペラなども作曲しているのです。

日本のオーケストラの発展を牽引してくれた人

山田耕筰は明治、大正、昭和と3つの時代を生きた人で、日本のオーケストラの発展を牽引してくれた人でもあります。

ドイツ留学から帰国すると日本での「オペラ上演」と「常設オーケストラの設立」を目指し行動していきます。

この2つを目指し行動したのは耕筰だけではありませんが、西洋音楽の本場であるヨーロッパに引けをとらない音楽やオーケストラ作りを目指していったのです。

一般的には日本の作曲家よりもヨーロッパの作曲家のことを知っている人の方が多いと思います。

山田耕筰のことは一般的にももっと評価されて良いと思いますし、もっと注目されても良いのではないかなと思います。

日本らしい音の響きとは

童謡などを聴くと懐かしさや日本らしさを感じませんか?

これには秘密があります。そのように聴こえる童謡などには共通の音階が使われています。詳しく見ていきましょう。

西洋音楽で使われている音階は「ドレミファソラシ」ですよね!対して童謡などでよく使われている音階は西洋音楽の音階と少し違い「ドレミソラ」となっています。

ファとシが抜けているのがわかると思います。この「ドレミソラ」はヨナ抜き音階と呼ばれています。

なぜヨナ抜きと呼ばれているのでしょう?

それは明治時代にドレミ…のことを「ヒフミヨイムナ」と呼んでいたからなのです。当時の日本の音楽は5音階から出来ている音楽が多く、日本人に馴染むように明治政府が5音の音階を推奨しました。

そして5音に選ばれたのが「ドレミソラ」でした。ファを抜いた音階、つまりを抜いた音階ということでヨナ抜き音階と呼ばれるようになり、現在もそのように呼ばれているのです。

このヨナ抜き音階は日本だけでなくスコットランドでも使われている音階のようです。

ヨナ抜き音階を使った曲として取り上げられることの多い「蛍の光」ですが、この曲は実はスコットランドの民謡なのです。

日本の曲でヨナ抜き音階を使った曲を見ていきましょう。

【ヨナ抜き音階で出来ている曲】

「うみ」、「ももたろう」、「たなばた」、「こいのぼり」、「チューリップ」、「上を向いて歩こう」、「赤とんぼ」etc…

山田耕筰の「赤とんぼ」を例にして本当に5音で出来ているのか見てみましょう。
「赤とんぼ」のメロディーはこのようになっています。

♪ソドドーレミソドラソ ラドドレーミー ミラソーラドラソラソミ ソミドミレドドー

ファとシが入ってないですよね!!この他にもたくさんあります。J-POPにもヨナ抜き音階で出来ている曲があります。探してみて下さいね♪

完全なヨナ抜き音階ではないのですが、経過的にファを使った曲もあります。

【完全なヨナ抜き音階でない曲】

「かたつむり」、「七つの子」、「早春賦」、「この道」etc…

こちらも山田耕筰の「この道」を例にして見ていきましょう。
「この道」のメロディーはこのようになっています。

♪ソドレミーミー ラソミレミレードー ドソーラソミファーソー ミファミレファラーソー
ファミレミレード

山田耕筰は歌曲や童謡を多く書いていますが、ヨナ抜き音階を使ったものも多くあるんです。

この音階で書かれた曲が親しみやすく、懐かしく感じるのは明治よりも以前の音楽と似た響きを持っているからなのだと思います。

日本語は他の言語より歌いにくい?

私がこれまで伴奏してきた歌の方は全員、日本語の歌は難しいと言われていました。母国語なのになぜ歌いにくいのでしょう?

クラシックの歌を歌われる方はイタリア語、ドイツ語を主に歌われています。

イタリア語は読み方がほとんどローマ字読みなので発音はそれほど難しくありません。イタリア歌曲はどちらかというと華やかで歌重視のため、ピアノはただの伴奏という感じです。

ドイツ語は読み方や発音の仕方が難しいです。ドイツ歌曲はドイツリートと呼ばれており、歌と伴奏が対等な立場であり、2人で音楽を作り上げていくという感じです。伴奏の譜面は簡単だったとしても曲として成り立たせるには難しいものがあります。

私は歌が専門ではないのでよくわかりませんが、イタリア語で歌うときとドイツ語で歌う時の発声は少し違うようです。これは母音や子音の割合など言語の違いによるものだと思います。

さて、日本語の話をしましょう。
イタリア語やドイツ語と日本語は決定的に違うことが2つあります。

まず1つ目は文字に関することです。

日本語は1つの音に1文字を当てはめるのが基本です。(J-POPでは2、3文字入れていることもありますが…)対してイタリア語やドイツ語は1つの音に1つの単語、もしくは1つの単語の途中までを入れています。

この違いによって日本語は文字数を他の言語よりも少なくする必要があるのです。

そして2つ目は、言葉自体がリズムを持っているかどうかです。

イタリア語やドイツ語の場合、言葉が元々持っているリズムというものがあります。日本語は標準語の場合、言葉が元々持っているリズムというのがほとんどありません。

日本語はどの言葉も1つずつ横並びのような感じで、飛び跳ねたり、伸ばしたりという言葉がイタリア語やドイツ語に比べると、とても少ないのです。(関西弁など方言にはリズムがある言葉は多く存在します。)

このようなことから、レガートで歌うことや言葉自体で抑揚をつけることなどが他の言語よりも難しいのだと思います。

そして日本語は他の言語よりも響きにくい言語だと言われています。確かにイタリア語やドイツ語と比較すると、日本語が一番深みのない平らな音がします。

このようなことが歌いにくさに関係しているのかもしれません。

不利な点は色々あるのですが、良い点もあると私は思っています。日本には限られた文字数で思いを込める短歌や俳句がありますよね。

限られた文字数では細かく説明はできません。ポイントとなる言葉を入れた後は想像させるというのが短歌や俳句の面白いところですよね。

詞も同じだと思います。このような点が日本の歌の良いところだと私は思っています。これでは歌詞の解釈は人それぞれになってしまいますが、共通した認識でなくてもいいと思います。

山田耕筰はこのようなことを理解した上で、日本語の言葉には音が高いところと低いところがあるということに注目しました。

(例)こ のみ ちい つ か

  ―
―  

― ―
―    
  ― ―


このような言葉が持っている高低差を利用してメロディーラインを作っていき、多くの歌曲や童謡を作りました。

この言葉の高低差でメロディーをつける方法は自然なメロディーラインとなり、親しみやすさにもつながりました。そのため現在も多くの曲が歌われているのだと思います。

現在の「この道」の歌詞は元の歌詞と違う?

「この道」の歌詞を書いたのは北原白秋という人です。「この道」は白秋が北海道に行ったときのことを詩にしたものなんだそうです。

現在の歌詞は元の歌詞と違うところが2点あります。どこが違うのか見ていきましょう。

◆「あの雲も」→「あの雲は」

元の歌詞は「あの雲も」となっていましたが、「あの雲は」に変更されました。これは白秋による変更だったようです。

1番が「この道は」、2番が「あの丘は」と「は」になっていますが、3番だけ「も」となっていたため、3番も「は」に合わせたものと思われます。

しかし初版が「も」だったため現在も「も」で歌われることが多いようです。楽譜によっては「は」のものもありますが、どちらかが間違っているということではありません。

◆「母さんと」→「お母さまと」

元の歌詞は「母さんと馬車で行ったよ」でしたが現在は「お母さまと馬車で行ったよ」となっています。

これは山田耕筰が「お母さまと」の方が音のノリが良かったので歌詞を変えたようです。

このように3、4番の歌詞が少しだけ変わっているんです。

「この道」の伴奏の難易度はどのくらい?



「この道」の伴奏の譜面自体は難しくありません。音数も少なくシンプルです。

この曲の譜面自体の難易度は内声が動く箇所があるのでソナチネ程度の中級レベルです。

しかし、この曲はピアノ曲ではなく歌の伴奏ですよね。伴奏というのは相手と合わせるという大切な要素が入ってきます。

相手がどのように歌うかをよく聴いたり、感じたりしながら弾き方を微妙に調整していかなくてはいけません。

より良い伴奏をするためには、自分の演奏を客観的に聴くことができなくてはいけません。ピアノ曲が上手に弾けたとしても、合わせるということができなければ良い伴奏者とは言えないのです。

このようなことから、どんなに譜面が簡単な伴奏であっても、様々な音色を出せるようにたくさんの曲を経験しておく必要があると思います。

「この道」を伴奏するコツとは

難易度のところでも少し書きましたが、伴奏するときのコツは歌の人と呼吸を合わせることです。

ピアノは1度音を出すとあとは何も操作ができず、音はどんどん消えていくだけですが、歌は音を出したあとでもビブラートをかけたり、強弱をつけたりできます。

音を出した後でも操作できるということは、割と自由に音を伸ばすことができるということなのです。

歌の場合、楽譜に書いていないところでも伸び縮みをするのが普通で、他の楽器よりもかなり自由です。

歌う人にとって高音で伸ばすところは聴かせどころなので、書いてある音符よりも少し長く伸ばして歌う人が多いです。

歌の伴奏はそういう自由に歌うという点で合わせるのが難しいです。

私は前に「歌心がわからない伴奏者は歌いにくい」とか「歌科の人の方が歌の伴奏が上手い」などと言われたことがあります。

「じゃあ、自分で弾き歌いでもすれば!!」と腹が立ったこともありますが、現在では歌いにくいと感じる原因が何なのかを理解できるようになりました。

それでは「この道」の伴奏するコツを実際に見ていきましょう。

◆前奏部分


「この道」の前奏部分です。意外と弾きにくく、レガートになりにくいです。

アウフタクトで始まる曲なので、前の拍をきちんとカウントしてから出ないと、始まりの音が強拍のようになってしまうので、注意が必要です。

前奏部分はこのような細かな指示がしてあります。

この前奏部分のクレッシェンドとデクレッシェンドについてはあまりやりすぎない方が素敵です。

音が上がっていったときに少し膨らませて、音が下がったときには少し落ち着かせるという雰囲気作りと考えると良いと思います。ただ強弱をつけたいわけではないということを理解しておいて下さい。

この曲は前奏に全てがかかっていると言ってもいいくらい、前奏は重要です。歌う人はこの前奏部分を聴いて歌い始めるわけですから、前奏での雰囲気作りがいかに大切なのかがわかりますよね!

弾くときのコツとしては上のメロディーをよく聴くことです。内声が動くのでどうしてもそちらに気を取られてしまいがちですが、歌う人や聴く人がどこを聴いているかというと上のメロディーなんです。

上のメロディーをよく聴いて弾くようにしましょう。

◆歌が始まってから


この部分から3拍子になったり2拍子になったりしますが、強拍や弱拍について考える必要はありません。

ピアノのソロ曲を弾く場合、強拍なのか弱拍なのかなど拍子について考える必要がありますが、伴奏の場合は歌う人に合わせていくのであまり考えなくても大丈夫です。

拍をしっかり刻んで歌われる人なら拍を刻んで伴奏しますが、この曲の場合だいたいの人がメロディックに歌われます。

拍を大切にするというよりも歌いたいと思うところを自由に歌う人の方が多いので、その音楽に合わせるようにしましょう。

伴奏部分の楽譜を見ると8分音符でリズムを刻むような音型になっていますね。あまり刻んで弾いてしまうと歌の人はせかせかした歌い方をしなくてはいけなくなります。

歌いだしの「♪このみ」をどのように歌うかをよく聴いて、次の伴奏をどのように演奏すれば心地よく歌えるのかを想像しましょう。

かなりゆったりと弾かなくてはいけないと思います。よく聴いてしっかり合わせましょう。

この曲の中で歌の人が1番歌いたい部分は「♪ああ~そうだよ」の部分だと思います。ここはかなり歌い方に差があります。素直にゆったり歌う人もいれば、ポルタメントをかけてたっぷり歌う人もいます。
歌をよく聴いて合わせていきましょう。一緒に歌っているつもりで弾くというのが1番良い方法だと思います。

歌をよく聴いて合わせてと書くと伴奏者って言いなりなのかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。伴奏者側からもっとこうした方が良くなると意見を言うこともあります。

例えばピアノがフェルマータで音を伸ばして、1度音がなくなってから次に進む場合、歌いだしのタイミングが早いとせっかく雰囲気をピアノが変えようとしているのに、あまり雰囲気が変わらず次に進むことになってしまいます。

こういう場合は、もっと落ち着いて雰囲気を変えてから出てもらうように言うことがあります。

他にも前奏がなくて同時に始まる曲だとブレスがわかりにくいと弾き始められないので、わかりやすくしてもらうとか、ブレスのタイミングをいつも一定にしてもらうとか…

やはりブレスの位置は重要です!急に変えられると合わせるのはなかなか難しいです…。

圧倒的に歌からの要求の方が多いですが、ピアノ側が何にも言わないわけではありません。2人でより良い音楽を作り上げるのですから意見は出し合います。

◆歌が伸ばしていて伴奏が動く部分

この曲ではほとんど出てきませんが、伴奏だけが動く部分も重要です。

この曲ではこの部分になります。歌が4分音符で伸ばしている間に伴奏は8分音符と付点のリズムで動きを出していますね。

ただ弾くのではなく、ここの短い間でも雰囲気を作ることができると素敵な演奏になると思います。
どんな短いフレーズでも気を抜かないということですね!

◆歌詞をよく感じること

歌詞はこのようになっています。1、3番は「この」で2、4番は「あの」になっていますよね。

「この」は近いですが「あの」は距離があるということになります。「あの」の歌詞も丘と雲では距離感がまた違いますよね。3番には「お母さま」という人物が出てきます。

このように同じメロディーでありながら、歌詞にはいろんな情景や距離感が表現されています。歌う人はそれを表現しようと歌っているはずなので、伴奏もそれに応える必要があります。

表現の仕方は歌う人によって違うと思いますが、例えば3番の歌詞は「お母さま」と行って楽しかったなと思い出しているのか、それとも「お母さま」を懐かしんでいるのかなど色々考えられますよね。

楽しんでいる表現にするなら、少し音量を出して明るい音色にするべきです。懐かしんでいる表現にするなら、少し音量を下げて落ち着いた音色にするべきです。

このように歌の人が歌詞をどのように理解し、どう表現するかによって伴奏も変える必要があるということなのです。

伴奏の難しさが少しわかって頂けたでしょうか?

難しさはもちろんありますが、演奏が上手くいったときはとても嬉しいです!ただ音が鳴っているというだけの伴奏にはならないように気を付けましょうね!

まとめ

◆山田耕筰は1886年(明治19年)に東京生まれの作曲家、指揮者
◆日本人初の交響曲を書いた
◆日本のオーケストラの発展を牽引してくれた人
◆ヨナ抜き音階は童謡などで多く使われている
◆日本語は他の言語よりも響きにくい
◆譜面自体の難易度は中級レベル
◆伴奏するときのコツは歌の人と呼吸を合わせること
◆歌詞によって伴奏の仕方を変える