今回ご紹介する「扉の影の女」は、金田一耕助シリーズの中で「女シリーズ」と呼ばれる中の1つです。「女シリーズ」とは、「洞の中の女」、「柩の中の女」、「赤の中の女」といった「~の女」と題されている作品たちです。当時刊行されていた「週刊東京」という週刊誌に掲載されていた短編シリーズです。

短編だった作品を加筆したものが今回の作品です。「扉の影」という題名から「悪事を企む女」というイメージが湧いてきますよね。そう、家政婦は見た!のような「扉の影から覗き見する女の姿」です。しかし、「扉の影」から女は登場しません。どちらかといえば「扉と女」といった名前の方がしっくりくるイメージだと私は思います。

日本語って難しいです。「扉の影の女」という題名から考察すると「女」に対して焦点を当ててしまうところですが、このストーリーでは「扉」が大きな意味を持ちます。「扉」なくしては話が完成しないのです。「たたけよ さらば開かれん」この言葉が書かれた紙片が、「扉」の側から発見されます。その扉を開けたら、そこに何が待っているのか気になりますよね。

では。題名にある「女」の役割は何なのか。作中に登場する「女」は1人ではありません。女たちは互いに無関係ではなく、1人の男を奪い合う関係であったり、後ろ暗い生活をしている相手を恐喝してみたり・・・と若干(?)ドロドロな世界です。でも、最後はちょっと「いい感じ」で終わりますので、希望を持って読了できますよ!

金田一耕助の「ワトソンくん」登場!


いつも1人で黙々と事件を解決している金田一耕助ですが、今回は有能な助手・多門修(たもん・しゅう)が登場します。この多門くん、ちょっとワルな男性ですが金田一の言うことを素直に聞くところは可愛らしく、まさに「ワトソンくん」的存在感を放ちます。

金田一よりも10歳以上年下で、なんと「前科もち」の多門くん。職業はナイトクラブ「K・K・K」で用心棒みたいなことをしています。過去に無実の罪を着せられそうになった多門くんは、すんでのところで金田一に助けられました。それからすっかり金田一のファンになり、金田一の「ちょっと危ないお手伝い」の依頼を嬉々として引き受けていくのです。

今回「ワトソン君」はある重大な失敗をしてしまいます。それに対する金田一の口調がちょっと怖くて、笑えます。いつも1人で事件解決に奔走している金田一ですから、今回は「ドジっ子ワトソンくん」に、ちょっぴり心癒されたのではないでしょうか。失敗ぶりも、素人そのもので、とにかく可愛いんです!

この作品のみどころ

「この物語は人生に起こる、不思議な運命の十字路を語るのが目的」作中で横溝はこの物語についてこのように書いています。会いたくもない場所で出くわしたり、会いたいときに会えなかったり、伝言が伝わっていなかったり、そんな偶然が重なって起ります。

運命の別れ道はいつもロマンに溢れるものばかりとは限りません。もし、起きた偶然の結果が「死」だったとしたら・・・「運命のいたずら」のひと言では済まされません。今回の見どころは、もっとも起きて欲しくない偶然の恐ろしさ・・・そう、「偶然がもたらした死」なのです。

あらすじ


金田一耕助の営む探偵事務所に、西銀座のバーのホステス・夏目加代子が訪れる。勤め先から帰る途中の加代子は、はからずも殺人事件直後の現場に足を踏み入れてしまう。さらに、現場から逃走しようとしている殺人犯と鉢合わせするはめになる。警察に届け出れば自分が犯人にされてしまうと恐れた挙句、金田一に助けを求めにやってきたのである。

昭和30年12月20日深夜、勤めを終えた加代子は自宅に帰るべく1人歩いていた。その途中、いきなり袋小路から飛び出してきた男とぶつかり、大きくよろめく加代子。姿勢を加代子が立て直したときには男の姿はなく、立ち去る車の音だけが聞こえた。辺りを見回した加代子は、血にまみれたハットピンを発見する。

好奇心にかられた加代子は、袋小路の中に入っていき、稲荷の境内の前で女が1人倒れているのを発見する。ライターの明かりで女の顔を確認すると、その女は加代子が知っている人物・江崎タマキであった。タマキはすでに息絶え、死体となっていた、

タマキは、かつて加代子が勤めていたバーのホステスであった。加代子はタマキに対して好感は抱いていない。加代子は恋人をタマキに掠め取られているのである。いわば恋のライバル関係にあるタマキであることから、警察に通報して自身に容疑がかかることを恐れた加代子は殺人現場から逃げ出してしまった。

逃げ出す時に、ちいさな紙の切れ端を加代子は拾う。その紙片には「叩けよ されば開かれん、ギン生 タマチャン」と書かれていた。これを読んだ加代子の頭に1人の男の姿がよぎった。それは、タマキに奪われたかつての恋人・臼井銀哉である。紙片に書かれた「ギン生」が、自分のかつての恋人のことではないかという疑念を加代子は抱いた。

この殺人事件は意外な展開をみせる。タマキの死体が、曳舟稲荷とは違う場所で発見されたのである。あの男と自分以外に、曳舟稲荷での殺人事件を知っている人物がいる、と加代子は次に命を狙われるのは自分ではないかと怯えはじめる。

自分を棄てた恋人をかばう気持ちを持ち、自分の命を必死で守ろうとしている加代子からの依頼を、金田一は「匿名の依頼」として引き受ける。やがて、タマキのパトロンの存在がわかるとともに、臼井銀哉の事件当日の行動も明らかにされる。タマキの死体が発見された曳舟稲荷周辺の人物たちの証言に、翻弄される金田一であった。

金田一の「お財布事情」が楽しめる作品


金田一さん、お金に関しては浮き沈みが激しいです。探偵料の「基本料金」を設定していないので、とにかく「もらいそびれ」が多いみたいですね。「お金がもらえるのは5件の事件のうちで1件くらい、金儲けではなく好きでやっているとしか思えない。」旧知の仲の等々力警部さんは、金田一の懐具合はこのように表現しています。

今回、お尻に火がついた金田一さんは、自分のアパートの家主「山崎さん」にお金を借ります。この山崎さん(夫婦で管理人を務めています)、実際に借りたい金額より多めに貸してくれます。それは、金田一に収入があったときプラスアルファで返してくれるからです。さらに今回は、等々力警部さんの奥さんからもカンパをもらいます。

今回の事件の依頼主は合計3組もいるので、あちらからもこちらからも、「着手金」をもらいます。金田一、当然ホクホクします。しかし、それを独り占めしないところが彼のいい所。事件解決後、刑事さんに中華料理を大盤振る舞いしちゃいます。(カンパしてくれた奥様にも当然お返しをしています)。

「金田一先生、あなたそれで税金をおさめていらっしゃるんですか」という等々力警部のするどいツッコミに、「あっはっは!」と笑って夕刊を開いた金田一の姿も描かれています。
天下の警察からの問いをはぐらかす金田一さん、とっても素敵?です!

依頼者の幸せを願う金田一

年若きワトソン君の登場によって、金田一の大人の男の魅力が(珍しくも)光ります。異性に縁がないくせに(失礼)、依頼者・加代子の幸せのサポートまでしてしまいます。事件解決後、加代子を料亭にご招待する金田一。25歳のうら若き加代子を「お加代さん」なんて呼んじゃったり、お酌までさせちゃいました。

加代子がいまだ隠している秘密を紐解きつつ、金田一は加代子に「ある覚悟」を決めさせます。そして加代子のこれまでの行動をやんわりとたしなめながらも、加代子の未来にむけ、はなむけの言葉を贈ります。今回もっとも金田一さんらしくないワンシーンです。ふところが温かくなると人間ここまで余裕が生まれるのでしょうか!?

金田一耕助・42歳です

この作品での金田一の年齢は42歳です。酸いも甘いも噛み分けた、最も脂がのった年齢ではないでしょうか。今回登場したワトソン君・多門修は、「先生は結構楽しそうに事件に関わっている」と言っています。その一方、老年の等々力警部は「金田一先生は事件解決後、強い孤独と苦悩を感じている」と、金田一が表に出さない寂しさを見抜いています。

42歳、微妙な年齢です。若者でもなく、老人でもない。人生経験ばかりが積み重なり、後悔と希望が入り混じるお年頃・・・。そんな金田一を、人生の後輩と先輩が優しい目で見守ります。そんな人間関係の描写も楽しめる、またひとつ違った視点で楽しめる作品です!

まとめ


今回の作品は、「殺された被害者が少なかった」ことにも特徴があります。これまでの作品の傾向でいくと、加代子は間違いなく殺されていたと思います。しかし、今回は違いました。
端的に言ってしまえば、この物語は「ハッピーエンド」を迎えます。もちろん、ハッピーになるのは加代子です。

金田一の手助けによってハッピーエンドを迎えた作品といえば「三つ首塔」です。莫大な資産と愛する人の両方を手に入れたヒロインでしたが、殺人数は最多の11人!血で血を洗う、遺産争いの果てのハッピーエンドでした。そのような視点で見ると、「扉の影の女」は横溝作品の中では「もっとも明るい殺人事件」?ではないでしょうか。


扉の影の女 (角川文庫 緑 304-26)
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