金田一耕助シリーズには「悪魔」という言葉がタイトルに入っている作品がいくつかあります。代表的なものとして「悪魔が来りて笛を吹く」「悪魔の手毬唄」「悪魔の百唇譜」「悪魔の降誕祭」があり、いずれも「悪魔」の後に続く言葉が事件の内容を表しています。以前ご紹介した「悪魔の手毬唄」は、古くから村に伝わる手毬唄になぞらえた殺人事件の物語でしたよね。

今回ご紹介する「悪魔の寵児」を、このような視点で見るとこれまでの作品に表れている「悪魔(犯人)+事件(の題材)」のスタイルとは少し雰囲気が違います。

「寵児」とは誰かから寵愛を受けている人を指しますから、題名そのままに「悪魔に愛された人」とすることが出来ます。「悪魔に愛された人」とは、一体どのような人物なのでしょうか?永遠に捕まえられない巧妙な“殺人技術”を持つ人でしょうか。それとも、悪魔の呪縛から逃げられない人のことでしょうか。

この作品では、8人の人が殺されます。殺人数の一番多い作品「三つ首塔」が11人、次に多い「吸血蛾」で10人、その次の「八つ墓村」で8人ですから、「悪魔の寵児」は殺人数ベスト3に入ります。殺人数第1位の「三つ首塔」では「別にこの人居なくてもよかったのでは?」という登場人物まで殺されてしまいます。「三つ首塔」は巨額の遺産を大勢の人物で争うストーリーですから、物語の都合上人が死なないと話が進みません。「人が死んでいくたびに主人公の遺産の取り分が増える」という前向きな?気持ちを読者にもたらす物語でした。

「悪魔の寵児」では、殺されていった人たち1人1人キャラクターがしっかりと確立しているため「とうとうこの人まで殺されてしまった!」という「三つ首塔」とは違う感情が起こります。

真犯人を早く知りたい感情にかられる作品ですので、私は読み出したら止まらず1日で読了してしまいました。何かを忘れて、一心不乱になれる作品をお求めの方にはおすすめの作品と言えます(ちょっとエロですけど)。

この作品の見どころ


主要人物を取り巻く人間関係が興味深いです。特に、主要人物の1人である、男性的魅力に溢れた実業家・風間欣吾とその3人の愛人たちの関係に興味が引かれます。

3人の愛人たちは、それぞれ自分の城を持つ女性実業家ばかり。風間はそんな「自立した女性」を好む男性です。そんな風間の妻は、愛人たちとは対照的な「元伯爵令嬢」で、夫の力なしには生きていけない女性として描かれます。

風間の妻・美樹子が、他の男性と2人で他殺体となって発見されるところから物語は始まります。自立した女性を好む風間が、男性の庇護なしには生きていけない女性とどうして結婚したのか、その理由も物語に深く関わります。風間と美樹子はお互いに再婚者同士です。風間は最初の妻を「捨てて」まで、現在の妻と再婚しています。美樹子は風間によって、前夫から「寝取られる」形で妻の座につきました。今回もまた、夫とは別の男性と恋に落ちたのでしょうか?

次から次へと愛人が登場するので、「この女が怪しい!」なんて思って読み進めました。女の勘は鋭いと言いますが、私の場合全くアテになりませんでした。私が「怪しい」と思った女は全て殺されました。そう、最後まで犯人を当てることは出来なかったのです。

一番犯人であって欲しくない人物が真犯人だったというオチはありがちですが、私の場合は「ノーマーク」の人物でした。真犯人であることが判明した時の、真犯人の行動に驚愕させられました。ノーマークだったとは言え、個人的には幸せになって欲しくもあった人物でしたので・・・。

あらすじ


1958年(昭和33年)、事件は東京で起きた。名の知れ渡る新興実業家・風間欣吾の妻・美樹子と、彼女の肖像画を描くべく雇われていた画家・石川宏の心中事件である。妻・美樹子は発見時に既に息絶えており、宏は強い薬で眠らされていた。宏は後遺症は残るものの、一命は取り留めた。

事件の情報を耳にした新聞記者・水上三太は、彼が思いを寄せている行きつけのバーのホステス・早苗の兄が事件の当事者・石川宏であることを知る。記者としての好奇心と早苗への恋心で、三太はこの事件へ首を突っ込み、その後深く関わることとなる。兄の潔白を信じる早苗のために、三太はしばらくの間事件を記事にせず、真相解明することを決心する。

遺体となって発見された美樹子の夫である風間欣吾は、警察には届けずひそかに遺体を自宅に運び、病死に見せかけようと企む。翌日、医者に診せるべく美樹子の寝室を訪れると、そこに美樹子の遺体はなく寝室はもぬけの殻であった。

自分に対する何者かの強い悪意を感じ取った欣吾は、名探偵・金田一耕助に事件の調査を依頼する。金田一耕助の調査が進むにつれ、欣吾の人間関係もあらわになる。欣吾には以前から3人の愛人たちの存在があった。その愛人たちは公にも知られているいわば「公認の存在」であったが、その3人とは別にもう1人秘密の愛人・明実の存在が明らかになる。そのような中、3人の愛人たちが惨たらしい姿で次々と遺体となって発見されていく。

明実には有島忠弘という夫がいた。有島にも過去に別の女性との結婚歴があり、最初の妻はなんと風間の現在の妻・美樹子であった。つまり有島忠弘は、2度も欣吾に妻を奪われていることになる。欣吾の過去に事件のカギがある、と睨んだ金田一耕助は、欣吾の過去を暴くべく欣吾の旧友たちを訪ねて回る。

金田一耕助と三太は、欣吾の過去の女性・及川澄子の存在に目をつける。澄子は欣吾との間に1人の男児を生んでいた。それにも関わらず、欣吾は澄子を「過去の女」としてすっかりと記憶から葬っていた。すべては欣吾の異常な出世欲が原因であり、それによって不幸になった女性たちの人生も明らかにされる。

ゲス不倫なんてレベルじゃない・風間欣吾


結局のところ、欣吾には5人の愛人がいたことになるのです。「あれ?3人の愛人と明実の4人じゃないの?」と言われそうですが、実はもう1人愛人がいるのです。でも、すべての愛人が欣吾に純度の高い愛情を持っているわけではないのが、同じ女性としては小気味良かったです(愛人同士協力し合って「お暇乞い」をして欣吾から離れて行きます)。私がこの作品で最も好感を持った登場人物は、この愛人たちでした。

3人の愛人は全員真犯人によって殺害されてしまいます。2回も妻を奪われた有島が犯人なのか、正妻の座を狙う秘密の愛人の仕業なのか、真犯人の焦点はこの2つに絞られてきます。欣吾には最初の妻(美樹子と結婚する前の妻)の存在もあります。この妻も登場して個性を発揮しまくります。最初の妻は不当な理由で自分を捨てた欣吾を恨んでおり、恨みが高まった結果、真犯人にうまく利用されてしまうかわいそうな女性です。

記者であるはずの三太が「実業家の風間欣吾・ゲス不倫発覚!愛人たちと元妻たちのドロ沼愛憎劇!」という記事を書かないのが不思議でなりません。

物語は一応完結・・・本当に完結?

「悪魔の寵児」という題名の「悪魔」って結局誰のことだったんでしょうか?私は欣吾が「寵児の中の1人」だと思います。欲望という名の悪魔に魅せられた、まさに「悪魔の寵児」ではないかと。なぜ私が欣吾を「寵児の中の1人」と書いたかお分かりでしょうか。欣吾には子どもがいますよね。過去の女の1人に過ぎない、澄子との間に生まれた男児が・・・。
そう、悪魔の血を引く人が欣吾の他にもいるのです。(それが誰か・何をしたかということは「究極のネタバレ」になってしまい、これから読もうとする人の楽しみを奪うことになりますのでここに書くことは避けます。)

さらに、物語の最終には欣吾の血を引く子がもう1人登場します。これも誰との間の子だなんて、口が裂けても言いませんが・・・。欣吾を悪魔とするなら、その血を引く人物たちは一体これからどんな人生を歩むのでしょう。一見ハッピーエンドのように見える終わり方ですが、実はとても恐ろしい物語なのではないでしょうか。

まとめ


横溝正史の金田一耕助シリーズには「お決まりのパターン」があります。長年シリーズを読んでいますと、「あ、この話はあれ(別の作品)と同じ構成だ!」と感じることがあります。私が好きな「パターン」は、登場人物に「記者」が登場するものです。

記者はたいてい男性で、登場人物の中の女性の1人に好意を抱き「守ってやりたい」という男性個人の気持ちと、記者としての好奇心を戦わせながら事件に深入りしていきます。今回ご紹介した「悪魔の寵児」でも、記者の男性・三太が登場しました。もちろん、登場人物の女性に恋をします。

恋が成就するか否かは物語によって変わりますが、私はこのパターンが好きです。バリバリと働く、現代的な男性記者の姿が素敵です。金田一耕助としても助かったんじゃないでしょうか。自分一人で秘密裏に調査をしなくても、恋心と記者魂に取り付かれた男がかぎ回ってくれるのですから・・・。年齢を重ねた金田一耕助と若い男性記者の対比で、金田一の渋い魅力がさらに高まる気がします。

横溝正史としても、記者の視線を遣うと、物語が進めやすかったんじゃないかと勝手に推察します。一般人(素人)の目線で書くと、「あーでもない、こーでもない」「勘違いだったかもしれない」「そんなことには気づかなかった」「怖くて犯人の顔なんて見れなかった」などと右往左往して話がスムーズに進みません。そう、うぶな深窓令嬢の視線で描かれた「三つ首塔」のように・・・。


悪魔の寵児 (角川文庫)
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