私は中学高校6年間をブラジルで過ごしたんですが、衝撃的だったのは、どんなに真面目なガリ勉タイプでも、サンバのステップを踏めてしまえることでしたね。

ブラジルにだって、色んなタイプの人間がいるわけです。皆んなが皆んな、サンバを踊っているわけでも、サッカーにトチ狂っているわけでもないんですよ。

それでも、年に1回は世界中から人が集まるようなカーニバルが開催されて、街中に音楽が溢れている国ですから、ブラジルに生まれ育ったらリズム感が養われて当然なのかもしれませんね。

一口にブラジルの音楽と言っても、多様すぎてまとめきれませんが、代表的な5つの音楽ジャンルをご紹介します。

■ 目次

ショーロ


サンバもボサノバも、全てはショーロから始まりました。
19世紀、アフリカ音楽の影響を色濃く受けたリオのミュージシャンが、ヨーロッパから来たポルカやワルツ、マズルカを演奏することで、生まれた音楽です。

ポルトガル語で「泣く」を意味する、「ショラール(chorar)」から来た名称ですけど、陰気くさいわけではなく、それなりに早いテンポと、即興で曲が変化するのが特徴ですね。

元々は、フルートとギターとカヴァキーニョのトリオ形式だったのが、パンデイロとバンドリンを加えた5楽器編成になり、ショーロの基本形となりました。


このジャンルで一番有名な音楽家は、ピシンギーニャ(pixinguinha)です。
「ブラジルポピュラー音楽の父」とまで言われる人で、彼の誕生日4月23日は、「ショーロの日」に制定されているぐらいなんですよ。


彼の代表曲”Carinhoso”は、「第2の国歌」とも呼ばれているくらい有名で、マリーザ・モンチ、ジョアン・ジルベルト、カエターノ・ヴェローゾなど、ブラジルを代表するミュージシャンが歌っています。

私の大好きなチェリスト、ヨーヨーマもこの曲をカバーしていて、しっとり感が素敵な演奏なんですよ。
カフェやホテルで聞く、ラウンジミュージックみたいです。

他にも、「ブラジル風バッハ」などで有名な大作曲家ヴィラ=ロボスも、数々のショーロ作品を残しています。

サンバ


好き嫌いはともかく、サンバに触れずにブラジル音楽を語ることは出来ません。

アフリカからの黒人奴隷は、ブラジルに連れられて来た際、彼らの民族音楽や打楽器音楽を持ち込んだんですね。
バトゥカーダと呼ばれる打楽器音楽に、ショーロなどの要素が合わさって生まれたのがサンバです。

リオのカーニバルは有名ですし、最近は浅草カーニバルなんかもあって、特に興味がなくても、サンバを耳にしたことはあると思います。
打楽器が大きな要素を占めていることもあって、身体に直に響いてくる音楽ですね。
生々しくて激しい。

本物の打楽器なんか無くても、缶とか車のボンネットとか叩いてリズムを取る風景って、ブラジルの日常なんですよ。
BGMにはとても適さない音楽ですから、老若男女、周りの誰もが自然と踊りだすんですよね。

ブラジル人が持つバツグンのリズム感は、こうやって生まれたんだな、と思う瞬間です。

余談 カーニバルのサンバ


元々サンバのダンスは、即興性が売りなんです。
輪になって踊っている中で、「我こそが主役」と、代わる代わる輪の中心に躍り出て、自分の踊りを披露するんです。

カーニバルのように、振り付けがある踊りを皆で練習するというのは、実はサンバとしては特殊なんですね。
阿波踊りのように揃うわけではないですが、裾の広がる衣装のダンサーは、くるくる回る動きを意識的にしたり、腕に羽根などをつけていたら上下左右に振るのを心掛けたり。

カーニバルに参加するチームは、終了後すぐに翌年のテーマを決めて、準備を始めるんですが、協調性と縁のないブラジル人が、振り付けのあるダンスを踊ることも、時間をかける理由の1つかもしれませんね。

私の住んでいたアパートの裏手に、カーニバルに出場するチームの練習場があって、時期が近付くと毎晩大音量で、激しかったですね。
それでもリオではなくサンパウロだったのと、住宅地だったこともあって、ブラジルには珍しく真夜中の12時には止んでいました。

それでも、宿題や試験に追われていた私には騒音以外の何物でもなく、サンバにはちょっぴりマイナスなイメージがあるんですよね。

実際、インテリ層のブラジル人の中には、カーニバルの喧騒を嫌って、その時期には国外に滞在するなんて人もいるので、「うるさいな」と感じるのは私だけではないようです。

ボサノバ


実は、ブラジルから帰国して、大人になってから好きになったのがボサノバです。
中高生時代の私には、あの情緒と哀愁漂う音楽を理解出来なかったんですね。
もったいないことをしました。

意外ですが、ボサノバってあまり古い音楽じゃないんです。生まれたのは1950年代。
というのも、サンバがベースにあって、リズムを2ビートから8ビートにして、打楽器要素を控えたのがボサノバなんですね。

ブラジル風のジャズと捉えられることもあって、イメージとしてはそうなんですが、アメリカのジャズは4ビートで、特に歌を必要としていないのに比べると、ボサノバは歌ありきで、8ビート。結構違いますね。

今は、シンガー無しでインストルメンタルということもありますが、独り言のように言葉が紡がれる歌ありの演奏は、官能的で素敵ですね。
私は、ボサノバの歌を聴いて、初めてポルトガル語の良さを知った気がします。

ボサノバを誕生させたのは、リオの中流階級のミュージシャン達です。
中心となったのは、作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン、歌手でギタリストのジョアン・ジルベルト、そして詩人のヴィニシウス・デ・モライスの3人。

1958年にレコーディングされた”Chega de Saudade”は、ボサノバの記念碑的な作品で、今だに世界中のミュージシャンにカバーされています。
翌年に作られた映画『黒いオルフェ』で、彼らの曲が使われたことで、ボサノバは一躍世界的にも有名になったんです。


その後、60年代後半に軍事政権が誕生して、中流階級が海外に亡命することで、ボサノバはブラジル国内で衰退してしまいます。
逆に、アメリカや亡命先のヨーロッパで人気となって、現地の音楽に少なからぬ影響を与えたようですね。

ブラジル本国では、ボサノバは今だにちょっと気取った中流階級の音楽というイメージでしょうか。
大人の音楽というか、仄暗いバーなんかが似合いますね。

MPB


ボサノバが衰退している間に台頭したのがMPB「ムージカ・ポプラール・ブラジレイラ」。
その名の通り、ブラジルポピュラー音楽です。

ボサノバは、知的で大人し過ぎて、あまり若者には浸透しなかったんです。
60年代後半、世界的に流行したロックンロールがブラジルにもやって来て、若者をグッと掴んだんですね。
ロックの要素に、元からあったサンバやボサノバのリズムなどが組み合わさっています。

とは言え、ハードロックという訳でもなく、それまでのクラシックギターが、エレキギターになり、歌詞が政治的で明らかな反体制を歌ったりしている以外は、割と大人しい曲が多いですね。


70年代、80年代前半には人気のあったMPBですが、私がブラジルに渡った90年代には既に「中年が好む懐かしの音楽」というイメージでした。
MPBを代表するカエターノ・ヴェローゾや、ジルベルト・ジルなど、アルバムも出すし、コンサートも開いて、国民が名前を知っていても、ラジオやテレビで普段耳にする音楽ではなかったです。

私の家庭教師(当時40歳ぐらいでした)が大ファンで、やたらめったら勧めてくれていましたが、正直「ダサいな」と思って心惹かれなかったですね。
今、歌詞の意味も合わせて聞くと、風刺が効いていて「悪くないかも」と思えますね。

オススメは、女性シンガーソングライターのジョイスです。

日本で彼女のコンサートに行く機会があったんですよ。
場所がブルーノート東京で、大学生になって初めて行く大人の空間というのもあったんですが、とっても素敵で親密なコンサートでしたね。
距離感が近いこともあって、彼女の息遣いが生で伝わってくるみたいで、心に染み入る演奏でした。

セルタネージョ

ブラジル版のカントリーミュージック、セルタネージョ。
アメリカ本国のカントリーミュージックも、ベタな歌詞と、定番過ぎるリズム感の割に、常にビルボードの上位にランクインされる程、安定した人気を誇っていますよね。

ブラジルでも同じなんです。
そもそも都市部から離れた田舎生まれの音楽なので、大都市でもなく、海岸沿いでもない内地の出身の人が好むんですが、国内のチャートでも上位を独占する程、全国的にも人気の音楽ジャンルなんですよ。

私の高校時代の親友も、サンパウロ北部の小さな町の出身で、セルタネージョが大好きでした。
彼女の影響で、一緒にライブに行って私も一時期はまっていましたね。

その頃のセルタネージョは、男性デュオがカウボーイハットを被り、チェックのシャツに、ジーンズとブーツ、というアメリカのカントリーミュージシャンの模倣みたいでした。
実際、私がいいなと思った曲は、アメリカの有名曲のカバーだったりしてましたね。


それでも、ライブでは高校生や20代の女性が多くて、まるで日本で言えばジャニーズみたいな人気だったのが印象的でした。
ライブ会場内外のショップスタンドでは、ミュージシャンの名前にハートマークが付いて、アイドル並みでしたね。

そんなセルタネージョも、今やカントリー調から脱却して、固定ファンに限らず、全国的に人気の音楽ジャンルになりました。
サッカー界の大スター、ネイマールがセルタネージョ好きを公言したのも一役買っているかもしれませんね。

ブラジルのサッカー選手は、ゴールを決めた後パフォーマンスをするのが、「お約束」みたいになっているんですよ。
そこでネイマールは好んでセルタネージョのダンスを披露するんです。


彼がブラジルのチーム、サントスに所属していた時、ジョアン・ルーカス&マルセーロの”Eu quero Tchu, eu quero Tcha”をゴールパフォーマンスで披露して、曲が大ヒットしたこともあります。

特に、若者に人気のsertanejo universitário(大学生のセルタネージョ)と呼ばれるジャンルは、完全にポップ音楽ですね。
代表的なミュージシャンのグスターヴォ・リーマや、ミシェル・テロは、特に若い女の子達に大人気で、ジャスティン・ビーバーみたいです。

まとめ

国中に音楽が溢れるブラジルで、多くの人を魅了する音楽ジャンルは

1 ブラジル音楽の原点 ショーロ
2 ブラジル人のリズム感の良さを実感する サンバ
3 哀愁と郷愁漂う中流階級の音楽 ボサノバ
4 ロックの要素とブラジル音楽が合わさった MPB
5 若者に大人気 ブラジル版カントリーミュージック セルタネージョ

大人しいボサノバであっても、思わずタップを踏んでしまいたくなるぐらい、ブラジル音楽の特徴は、身体が反射的に動くようなリズムにあると思いますね。

じっと椅子に座って聞くのではない、心にも身体にも音楽を体感したい時に、ブラジル音楽は最高ですよ。


First picture By Brazilian Music Flag [CC BY 2.0], via Flickr.
Second picture By Marcus M. Bezerra (Own work) [CC BY-SA 2.5], via Wikimedia Commons.
Third picture By José Augusto [CC-BY-SA-3.0], via Wikimedia Commons.
Fourth picture By Nicolas Vollmer [CC BY 2.0], via Flickr.
Fifth picture By Ian Gampon from NYC, USA (11th Wing: Queen Bees) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons.
Sixth picture By Nao Iizuka [CC BY 2.0], via Flickr.
Seventh picture By Helmuth Ellgaard (1913-1980) – Holger.Ellgaard (Familienarchiv Ellgaard) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons.
Eighth picture By Mídia promocional do programa Alto Falante (TV Brasil) [CC BY 3.0 br], via Wikimedia Commons.
Tenth picture By Ronnie Macdonald [CC BY 2.0], via Flickr.

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